第194夜「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」ダニエルズ監督

 なにせ今年度のアカデミー賞に最多の11部門でノミネートされていて、作品賞の最有力候補なのだそうだ。アカデミー賞は大勢の映画芸術科学アカデミー会員による投票で選ばれることもあって、まあまあわかりやすい映画が選ばれる傾向にあるが、はっきり言ってこの「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」は全然わかりやすくない。完成披露試写会で1回見ただけだが、恐らく後10回見てもわからないだろう。というか、絶対に飽きることがない映画だろうなと確信する。

 舞台はアメリカのとあるコインランドリー。中国系移民のエヴリン(ミシェル・ヨー)が家族で経営しているが、高齢の父親、ゴンゴン(ジェームズ・ホン)の介護に加え、夫のウェイモンド(キー・ホイ・クァン)は頼りなく、娘のジョイ(ステファニー・スー)は反抗的、おまけに税金問題まで抱えていて、エヴリンのいらいらは募るばかりだった。国税庁の事務所に足を運べば、監査官のディアドラ(ジェイミー・リー・カーティス)にたっぷり絞られる始末だが、そんな最中、夫のウェイモンドが突然、別次元の人格に入れ替わり、「全宇宙のために戦え」とエヴリンにささやく。驚きおののくエヴリンの前に、いろんな次元の家族や敵が次々と現れ、エヴリンもいつの間に身につけたのかわからないまま、カンフーの技を繰り出して応戦する。

 こういった多次元の宇宙のことを、科学用語でマルチバースと言うらしい。この映画はそのマルチバースがテーマになっていて、せりふでもちらりちらりと特殊用語が飛び出してくるのだが、SFの知識が全く欠如しているわが方は、口をあんぐり開けてただ画面を眺めているしかない。まあパラレルワールドみたいなものなのかな、とも思うが、とにかくテーマが何であれ、2020年代現在における映画の技法、表現力の最先端がつぎ込まれているのは間違いないし、さらに過去の名作映画へのオマージュもちりばめられていて、わからないながらも、すげえもの見せつけられちゃったなという感懐を抱いた。

 何がすごいかといって、まず別の宇宙への切り替えのあまりの目まぐるしさに圧倒される。主人公のエヴリンも次から次へと別の人格に変化するし、家族もまるで別人になって現れては、別の物語を紡いでいく。さっきまでコインランドリーにいたかと思えば、次の瞬間はレストランの厨房の場面になり、さらには1950年代ハードボイルド風の街角になったり、未来っぽい白づくしの部屋になったり、ついには生物が存在しない世界でエヴリンたちが岩になったり、と、うーっ、頭の中がこんがらがる。

 この切り替えのたびに、衣装や美術だけでなく画面サイズもスタンダードからシネマスコープまで大胆に変換し、素人目にはよくわからないが、恐らく色調も変わっているような気がする。その速さは、この人物はいったいどこの次元にいる誰なのか確認できないくらいのスピードで、エヴリンの顔がコンマ数秒の超高速で変わっていく画面などは、強烈な光と色の洪水で目がちかちかするような刺激をもたらす。

 この感覚は「2001年宇宙の旅」(1968年、スタンリー・キューブリック監督)の実験的な映像処理を思い起こさせるし、ほかにもピクサーアニメーションの「レミーのおいしいレストラン」(2007年、ブラッド・バード監督)のパロディーなど、各バースに過去の名作映画を彷彿とさせるイメージが差し挟まれていて、映画という表現形態に対する強い敬意が込められている。常に映画は、さまざまな創意と工夫でこの世にないものを現出させてきた芸術であり、その積み重ねの上にこの「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」も存在しているのだという作り手の謙虚な自負が垣間見える。

 監督を務めたダニエルズとは、1988年生まれのダニエル・クワンと1987年生まれのダニエル・シャイナートの2人のことで、同じ大学で映画を学んだ後、コンビでミュージックビデオやCM、テレビ番組などの脚本、監督を手がけてきた。2016年の映画「スイス・アーミー・マン」でカルトな人気を集めたが、あらゆる映像表現を駆使した今回の作品は、次代を担う新星コンビの潜在力の高さを改めて世に知らしめたと言えそうだ。

 映像の驚異にばかり気を取られてしまったが、エヴリン役のミシェル・ヨーらが繰り出すカンフーアクションは本格的だし、「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」(1984年、スティーヴン・スピルバーグ監督)の名子役、キー・ホイ・クァンや、500本以上の作品に出演しているジェームズ・ホンら、アジア系俳優陣の多才ななりきりぶりも注目に値する。全編通して笑いが絶えず、といってストーリーは熱い家族愛に貫かれていて、ダニエルズ監督の欲張りな情熱は見事の一言。日本時間で3月13日に発表されるアカデミー賞でいくつの賞を獲得するのか、本当に楽しみだ。(藤井克郎)

 2023年3月3日(金)、全国公開。

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ダニエルズ監督作品「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」から。エヴリン(ミシェル・ヨー)はカンフーを駆使して宇宙のために戦う © 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

ダニエルズ監督作品「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」から。エヴリンたち家族は税金問題を抱えていたが…… © 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.