第190夜「金の国 水の国」渡邉こと乃監督

 そう言えば、このところとんと漫画を読んでいない。若いころは「ヤングジャンプ」とか「ビッグコミック」といった青年誌を毎号欠かさず買い求め、通勤電車内でむさぼるように読んでいたものだが、いつのころからかすっかり疎遠になってしまった。漫画が原作のアニメーションも同様に縁遠く、高い人気を誇る「ONE PIECE」や「名探偵コナン」のシリーズは1本も見たことがない。同じように原作を読んだことがない「SLAM DUNK」も、ようやく大ヒット公開中の「THE FIRST SLAM DUNK」(井上雄彦監督)で初めて触れたんだけど、いやあ、よくできたアニメーションで堪能した。

「金の国 水の国」も人気漫画が原作だそうだ。しかも作者の岩本ナオは、この「金の国 水の国」で2017年に、「マロニエ王国の七人の騎士」で2018年に、「このマンガがすごい!」ランキングの1位を2年連続で受賞している。まさにファン待望のアニメーション映画化らしい。

 物語は隣接する2つの国が舞台になっている。アルハミトは広大な砂漠の国で、水以外は何でも手に入る裕福な「金の国」だが、水不足で滅亡の危機が迫っていた。一方のバイカリは豊かな自然に恵まれた「水の国」ながら貧乏にあえいでいて、100年もの間、国交が途絶えていた両国は、戦争寸前の状態だった。

 何とか打開策を探りたいと、アルハミトは国で一番美しい娘をバイカリに嫁にやり、バイカリは国で一番賢い若者をアルハミトに婿に出すことになる。だが、アルハミトにやってきた婿は子犬、バイカリに嫁いできた娘は子猫だった。子犬を婿にもらったのはアルハミト国王の末娘、おっとりしたサーラ姫(声・浜辺美波)で、子猫の夫になったのは家族思いの貧しい建築士、ナランバヤル(声・賀来賢人)。この秘密が知られると本当に戦争になってしまうかもしれないと案じた2人は、やがて運命の出会いを果たすことになる。

 といった導入がテンポよく紹介された後、いよいよ2人の主人公が戦争を回避すべく奮闘する物語が幕を開ける。何しろ架空の国のファンタジーあふれる設定で、出てくる人物はいずれもとっつきにくい名前ばかりだし、さあて、初心者がついていけるんだろうかと身構えたが、これがどんどんスクリーンに引きずり込まれていくんだよね。

 何と言ってもほのぼのとした親しみやすいキャラクターがいい。特にヒロインのサーラ姫はぽっちゃりした癒やし系で、要領も悪くてどこかぼーっとしている。そんなちょっとドジっ子のみそっかすお姫様が悪巧みを企てる連中と対決し、平和のために活躍するという展開が痛快だ。

 相手役のナランバヤルも頭はいいけれど身分は低く、決して白馬の王子様ではない。しかも何がすごいかと言って、サーラの容姿もナランバヤルの身分も、作品の中でほとんど言及されることがないのだ。どうやら権力や美貌で優劣が判断されることのない世界観のようで、現実の社会の常識というものがいかに偏ったものであるかが突きつけられる。

 それでいて描かれているテーマは現在の世界情勢と無縁ではないというのが、また奥深いところだ。富が集中して繁栄しているように見えるアルハミトは、砂漠化でやがて水が枯渇する運命だし、自然が豊かで水には困らないバイカリには金がない。いさかいが起きるのは、常に自分にないものを相手が持っていることをねたましく思うからで、些細なことがきっかけで大勢の人が死んでいく悲劇は、今も世界のどこかで相も変わらず繰り返されている。現実はそんなおとぎ話のようにはいかないよ、と見る向きもあるかもしれないが、あくまでも冷静な態度でお互いを理解し合うことが大切だ、との理想は、しっかりと胸に刻み込まれた気がする。

 絵コンテと演出も担当した渡邉こと乃監督は、「パプリカ」(2006年、今敏監督)や「サマーウォーズ」(2009年、細田守監督)、「若おかみは小学生!」(2018年、高坂希太郎監督)などを手がけてきた制作会社「マッドハウス」に所属する若手アニメーション作家だし、プロデューサーの谷生俊美、脚本の坪田文、音楽のEvan Callら、これからの日本映画を担っていくであろう気鋭のクリエイターが集結している。原作漫画は読んでいなくとも、見ておいてよかったな、と後々思える作品に違いない。(藤井克郎)

 2023年1月27日(金)、全国公開。

©岩本ナオ/小学館 ©2023「金の国 水の国」製作委員会

予告編 https://youtu.be/ZxYh-ezfyDk

アニメーション映画「金の国 水の国」から。敵対する「金の国」のサーラ(右)と「水の国」のナランバヤルは…… ©岩本ナオ/小学館 ©2023「金の国 水の国」製作委員会

アニメーション映画「金の国 水の国」から。敵対する「金の国」のサーラ(右)と「水の国」のナランバヤルは…… ©岩本ナオ/小学館 ©2023「金の国 水の国」製作委員会