第179夜「夢半ば」安楽涼監督

 新海誠監督の新作アニメーション「すずめの戸締まり」の公開が始まった。一足先に試写会で見たが、大災害に幾度となく見舞われてきた日本ならではの死生観を絡めた壮大なSFファンタジーで、大いに見応えがあるのは確かだ。恐らくまた大ヒットを記録するんだろうけど、感動したからと言って4回も5回もシネコンに足を運ぶのなら、そのうちの1回くらいはミニシアター系のも見にいってほしいなって思うんだよね。きっとすてきな発見があって、決して損はしないはずだよ。

「1人のダンス」(2019年)、「追い風」(2019年)と、生まれ育った東京・西葛西に根差して新感覚の映画を作り続けている安楽涼監督の新作「夢半ば」も、期待にたがわずとんでもなく斬新で、それでいてとっても心温まる作品だった。

 自分自身に関することを記録した映像作品をセルフドキュメンタリーというけれど、これはさしずめセルフフィクションとでも言ったらいいだろうか。主人公は、安楽監督自身が演じている映画監督の安楽。一緒に映画を作ってきた友人のリュウイチ(RYUICHI)は結婚を機に西葛西を離れ、同棲しているみちこ(大須みづほ)との関係もマンネリ化している。30歳を目前にして撮りたいものが見つからない安楽は、親友のラッパー、デグ(DEG)らと西葛西の街をふらふらしながら、ただ時が過ぎていく虚しさを感じていた。

 青春から大人への過渡期のちょっと鬱屈した気持ちを、コロナ禍の風景の中で言葉少なに、でもじっくりと見せていく手法が絶妙だ。駅前の雑踏はどことなく寂しげで、荒川の流れはどこまでも暗い。安楽は、そんな殺風景な中をただ黙って歩き続け、堤防の階段に腰を下ろす。その後ろ姿をずっと追いかけ続ける映像から、彼の言いようのない焦りが匂い立ってくるから不思議だ。

 この安楽のじれったい姿は監督自身と重なる部分も多いのだろうが、一方で恋人のみちことの絡みなどは多分にフィクションが入っているに違いない。ぶっきらぼうで、あまり自分をさらけ出すことはしない安楽だが、明るくけなげに振る舞うみちこに対して、微妙に優しさをほのめかす。一緒におすしを食べにいく場面なんて、ほのぼのとしていて逆に切ないくらいだ。これらのエピソードは、監督の実体験に基づくものなのか、それとも完全に想像上のことなのか。その虚実皮膜のさじ加減がどこかふわっとしていて、妙に心地いいんだよね。

 RYUICHIもDEGも過去の作品に主役級で出演している安楽監督の仲間だが、監督自身も含めて演技とは思えぬ自然なたたずまいで、ドキュメンタリータッチの作品により一層、現実感をもたらしている。とは言っても、あくまでも演出が加わっていることは間違いないし、ラストの仕掛けなんて本当に巧みで、さわやかな余韻を残す。

 精巧に作り込まれたアニメーション大作もいいけれど、こんな原石みたいな革命的作品に出合ったら、もうミニシアターの魔力から逃れられなくなるかもね。(藤井克郎)

 2022年11月12日(土)からポレポレ東中野で公開。

©すねかじりSTUDIO

安楽涼監督作品「夢半ば」から。安楽(右、安楽涼)は、みちこ(大須みづほ)との関係についてもなかなか答えを出せずにいた ©すねかじりSTUDIO

安楽涼監督作品「夢半ば」から。西葛西の街を歩く安楽(安楽涼)の後ろ姿を延々と見つめる ©すねかじりSTUDIO