第173夜「秘密の森の、その向こう」セリーヌ・シアマ監督

 1978年、フランス生まれのセリーヌ・シアマ監督には、いつもどっきりさせられる。カンヌ国際映画祭で脚本賞に輝いた「燃ゆる女の肖像」(2019年)では、女性肖像画家とモデルの令嬢との関係を緊迫感あふれる筆致で描き上げたし、日本では公開がその後になった「トムボーイ」(2011年)は、主人公の性別を巡る展開にどきどきしっ放しだった。脚本家として参加したストップモーションアニメーションの「ぼくの名前はズッキーニ」(2016年、クロード・バラス監督)も、モノクロの群像恋愛劇「パリ13区」(2021年、ジャック・オーディアール監督)も、芸術性に社会性を加味した異色の作品で、ちょっと一筋縄ではいかないというイメージがある。

 新作の「秘密の森の、その向こう」も、73分というコンパクトな中にいとおしさにあふれた不思議がぎゅっと詰まっていて、何とも胸が張り裂けそうになった。

 主人公は8歳の少女、ネリー(ジョセフィーヌ・サンス)。1人で暮らしていた脚の悪い祖母が亡くなり、両親とともに初めて森の中のおばあちゃんが住んでいた家を訪れる。母親のマリオン(ニナ・ミュリス)は子どものころ、この家で過ごしていて、そこかしこに漂う思い出の残り香に悲しみが込み上げてきたのか、母は後片づけもそこそこにふらっと出ていってしまった。父(ステファン・ヴァルペンヌ)と2人残されたネリーが1人で森を散策していると、同じくらいの年格好の女の子(ガブリエル・サンス)に出会う。木の枝で森の小屋を作るのを手伝ってほしいと頼んできた少女が名乗ったのはマリオン。そう、母と同じ名前だった。

 と、ここから物語はどこか夢のようなファンタジーの世界に入っていくのだが、そのときめきはぜひともスクリーンで味わってほしい。ただ言えるのは、ネリーもマリオンも8歳なりの悩みや葛藤を抱えていて、それはお互いに理解できるものだった。最後にさよならも言えないまま祖母が亡くなり、ネリーは寂しくてたまらなかったが、もっとつらいはずの母は自分を置いていなくなってしまった。せっかく子ども時代を過ごした家に一緒に来たのに、思い出の共有もできないなんて、と諦めていたネリーにとって、8歳のマリオンの家を訪れることは、母の気持ちに触れる大切な機会だった。

 マリオンの誕生日、脚の悪い彼女のお母さんと一緒にネリーはハッピーバースデーの歌を口ずさむ。「もう一回」とおねだりをするマリオンに、ネリーは再びハッピーバースデーを歌う。幼い少女ならではの心の通わせ方が愛くるしくもあり、切なくもあり、もうきゅんきゅんが止まらない。いつまでもこの同い年の母娘を見つめていたいという思いに駆られた。

 シアマ監督の脚本、演出の妙に加えて、特筆すべきはネリーとマリオンを演じた2人の子役の巧みさだ。実は双子の姉妹だそうで、顔や背格好がそっくりなのはもちろん、間のつなぎなど息もぴったりで、現実離れした2人の間柄に素直に寄り添う。2人とも初めての映画出演ということだが、過剰にならず、かと言ってぎこちなくもなく、微妙な同一感を自然に漂わせる。

 よくぞ見つけてきたなと感心すると同時に、このうっとりするような世界観を創出したシアマ監督の研ぎ澄まされたセンスには言葉を失うばかりだ。もう今から、次の作品が楽しみで仕方がない。(藤井克郎)

 2022年9月23日(金・祝)からヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマなど全国で順次公開。

©2021 Lilies Films / France 3 Cinéma

セリーヌ・シアマ監督のフランス映画「秘密の森の、その向こう」から。8歳の少女、ネリー(左、ジョセフィーヌ・サンス)は、森の中で同い年のマリオン(ガブリエル・サンス)と出会う ©2021 Lilies Films / France 3 Cinéma

セリーヌ・シアマ監督のフランス映画「秘密の森の、その向こう」から。ネリーとマリオンは力を合わせて木の枝で作った小屋を完成させる ©2021 Lilies Films / France 3 Cinéma