第337夜「スマッシング・マシーン」ベニー・サフディ監督

 肉弾相打つアクション映画は決して嫌いなわけではないけれど、まるっきり詳しくない。確かに中学生のころは人気絶頂だったブルース・リーが監督、主演を務めた「ドラゴンへの道」(1972年)などを悪友に誘われて見にいったりしたが、すごい技だなとは思ったものの、殴り合いや蹴り合いにそんなに興奮を覚えることはなかった。夕刊フジの記者になって間もなく、「ロッキー4 炎の友情」(1985年、シルベスター・スタローン監督)で敵役を演じたドルフ・ラングレンの来日インタビューをしたときは、1作目の「ロッキー」(1976年、ジョン・G・アビルドセン監督)さえ見ておらず、とんちんかんな原稿を書いてデスクにあきれられた思い出がある。

 現実の格闘技となると、もっと知識が貧弱だ。プロレスとボクシングの違いくらいは分かっても、それらが融合したような総合格闘技などはもうお手上げで、どんな団体があってどんなルールで闘うかなんて全く知らない。何年か前にはブームがあって、大みそかにテレビの各チャンネルが競うように放送していたな、という記憶があるくらいで、もちろん一度も試合中継を見たことはない。

「スマッシング・マシーン」は、ちょうどそのころに日本でも活躍した実在のアメリカ人選手、マーク・ケアーを主人公にした映画だ。資料によると、ケアーは1990年代後半から2000年代前半にかけて無敵の強さを誇り、「霊長類ヒト科最強の男」の異名で恐れられたとある。うーん、全然知らない。

 それでも試写で見たいと思ったのは、この作品が昨年のベネチア国際映画祭で監督賞に当たる銀獅子賞に輝いていることが大きい。手がけたのはベニー・サフディ監督で、キャスリン・ビグロー、オリヴィエ・アサヤス、パク・チャヌク、ギレルモ・デル・トロ、フランソワ・オゾン、ヨルゴス・ランティモスといった名立たる国際派名匠が顔をそろえる中での快挙だ。ちなみに最高賞の金獅子賞はジム・ジャームッシュの作品が獲得している。

 米ニューヨーク州出身のサフディ監督は、兄のジョシュとともにサフディ兄弟として映画づくりにいそしみ、「神様なんかくそくらえ」(2014年)、「グッド・タイム」(2017年)などを共同で監督。「スマッシング・マシーン」が弟ベニー初の単独監督作となる。一方の兄、ジョシュもティモシー・シャラメ主演の「マーティ・シュプリーム 世界をつかめ」(2025年)で単独監督デビューを果たしており、こちらはアカデミー賞に9部門でノミネートされた。両作品とも日本が舞台になっているというのが興味深い。

 さて、肝心の「スマッシング・マシーン」だが、この手の実話ヒーローものとしては極めて異色というか、まさか「霊長類ヒト科最強の男」をモチーフにこんなに残酷な、でも何ともいとおしい物語を作り上げるとは予想だにしなかった。さすが、ベネチアで銀獅子賞を受賞しただけのことはある。

 アメリカで無敗を誇るマーク・ケアー(ドウェイン・ジョンソン)は、日本で開かれる総合格闘技の大会、PRIDEへの参戦を決意する。ザ・スマッシング・マシーン(破壊する機械)と称されながらも、胸の内ではいつも負けることへの恐怖におびえ、鎮痛剤を欠かせない体になっていたケアーは、恋人のドーン(エミリー・ブラント)をアリゾナ州の自宅に残して単身来日。1999年のPRIDE.7ではウクライナ出身のイゴール・ボブチャンチン(オレクサンドル・ウシク)と対戦し、初めての敗戦を味わう。ボブチャンチンに反則があったことが認められ、無効試合となったものの、初の屈辱にケアーの心は張り裂けんばかりだった。

 と、ほぼ史実に沿ってケアーの葛藤、苦悩が描かれるが、ユニークなのは最強を自任する王者が実は非常に繊細な神経の持ち主で、敗北することを極端に恐れていたという描写だ。ファンの前、観客の前では弱さなどみじんも見せず、鍛えられた肉体はほれぼれするほど完璧なのだが、リング裏では常に不安と闘っていて、時には泣き言を漏らすこともある。

 中でも壮絶なのは、恋人のドーンとの関係だ。ケアーにとってドーンは一番の心のよりどころであり、終盤はドーンもケアーと一緒に日本に行って、そばで寄り添うことになる。となれば、無敵王者をけなげに支える女神のような存在なのかと思えば、これが全くそうではない。試合のことだけに集中したいケアーに対し、ドーンは自分のことしか考えずにべらべらとしゃべりまくり、ちっとも構ってくれないケアーにヒステリーを起こしてぶんむくれる。こんなにも足を引っ張ってばかりの恋人なんて、かつてヒーローものの映画に登場したことがあるだろうか。

 それでも一瞬だけ見せるしおらしい態度にほだされて、ケアーはドーンを見限ることはできない。こうして身も心もぼろぼろになっていく、といういわゆる定番とは正反対のチャンピオン像があまりにも斬新で、モデルとなる実際の人物がそうだったとしても、よくこういう作劇ができたものだなと感服する。また演じるドウェイン・ジョンソンが、肉体改造だけでなく複雑な内面も微細に表現していて、ドーン役のエミリー・ブラントともども、よくぞ演じ切ったものだ。

 日本人としては、見慣れた東京の風景に加え、大沢たかおや石井慧、光浦靖子、布袋寅泰といったちらっと登場するおなじみの顔がうれしいし、さらに「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」(2017年)などでアカデミー賞を獲得している日本出身のカズ・ヒロによる特殊メイクも見逃せない。そして何よりPRIDEの試合の再現は迫力満点、と言いたいところなんだけど、こちらについてはまるで無知だから何とも……。(藤井克郎)

 2026年5月15日(金)、TOHOシネマズ日比谷など全国で公開。

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ベニー・サフディ監督のアメリカ映画「スマッシング・マシーン」から。マーク・ケアー(ドウェイン・ジョンソン)は無敗の王者を誇ったが…… ©2025 Real Hero Rights LLC

ベニー・サフディ監督のアメリカ映画「スマッシング・マシーン」から。悩み苦しむマーク・ケアー(右、ドウェイン・ジョンソン)に対し、恋人のドーン(エミリー・ブラント)は…… ©2025 Real Hero Rights LLC