「狂武蔵」(下村勇二監督)

 最近は「全編ワンカット」とか「ワンシーンワンカット」とか言われても、そんなには驚かなくなってしまった。今年のアカデミー賞で撮影賞や視覚効果賞などを受賞した「1917 命をかけた伝令」(2019年、サム・メンデス監督)も全編ワンカット映像が売りだったが、全編をワンカットで撮影したわけではない。デジタル技術の進歩で、ワンカット風に途切れることなく見せているというだけで、実際は撮影に何日もかけている。あそこまで切れ目なく見せるにはカメラワークは大変だったろうし、特殊効果の技術も大したものだというのは疑いようがない。ただ主人公と一緒になって威勢よく滝を落ちるとなるとちょっとね。

 本当に全編をワンカットで撮影した映画となると、ロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督がサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館で撮った「エルミタージュ幻想」(2002年)が知られる。35㍉フィルムだとせいぜい10分くらいでロールチェンジが必要だったが、デジタル撮影だと際限なく長回しができるということで、この映画では1時間半を一気に撮影していた。2003年2月の封切り時にユーロスペースで見たが、最後の舞踏会の後、全員で拍手をしている演出が、まさに撮影が無事に終わったことを心から喜んでいるようだったのが印象に残っている。

 その後も何本か超長回しの映画を見たが、すごいなと思う半面、ちょっと引っかかる場面に出くわすことも少なくない。2009年にシネセゾン渋谷で見た「PVC-1 余命85分」(2007年、スピロス・スタソロプロス監督)なんてコロンビア映画は、首に爆弾を仕掛けられた奥さんと家族が味わう恐怖の85分間を描いた作品だが、小道を歩く道中をただ追いかける映像が退屈で仕方なかった。やっぱりワンカットで撮るにはそれなりの工夫が必要で、その点、日本映画の「アイスと雨音」(2018年、松居大悟監督)は、演劇の世界と現実とをノーカットでつなぎながら、画面サイズでその違いを表現していた。音楽の使い方も巧みで、決して平板になっていなかったのはさすがだったなあ。

 前置きが随分と長くなってしまったが、今度の「狂武蔵」(くるいむさし、と言うらしい)は全編ワンカットではない。ただ91分の上映時間中、77分がワンカットで、しかもその間はずっとチャンバラのアクションが続いている。これまた無謀と言えばあまりにも無謀な長回しが味わえる冒険作だった。

 映画で描かれるのは、宮本武蔵と吉岡一門が対決した有名な「一乗寺下り松の決闘」場面だ。一説には武蔵1人に対して吉岡一門は数百人が集まったとされるが、これをこの映画ではワンカットで再現している。

 武蔵役はアクション俳優のTAK∴こと坂口拓。奇襲攻撃でまだ幼い吉岡家の跡取り、又七郎を斬った武蔵は、次から次へと襲ってくる手練れたちの剣をかわし、ばったばったとなぎ倒す。その間、カメラは回しっぱなしで、坂口の勇姿を追いかける。逃げて、走って、汗をまき散らし、髪はほつれ、血のりで顔を真っ赤にしながら、それでも延々と斬り続ける坂口。息は上がるし、喉も乾く。するとちょうどいいところに隠してあった水筒を見つけ、喉を潤す。そこへまた一門が襲いかかる。うーん、よくぞこんな映像を撮ったものだ。

 カメラワークも大したもので、最初は武蔵の肩越しのショットが多いのに、徐々に真正面からとらえていくことで、興奮と疲労でテンションが高まっていく坂口の恍惚の表情があらわになる。最後、雷鳴の中の壮絶な戦いを制した後の構図は見事としか言いようがなく、戦いを宿命づけられた者のむなしさが巧みに表現されている。

 資料によると、この撮影は9年前、園子温監督作「剣狂-KENKICHI-」がクランクイン直前に中止になったとき、主演の坂口がスタッフ、キャストに「77分ワンカットでやってみるから」と申し出て、実現したものだそうだ。その後、坂口が俳優を引退したことで、この映像は長く日の目を見ることがなかったが、やがてアクション監督として映画界に復帰。下村勇二監督作「RE:BORN」(2017年)で主役として表舞台に戻ってきたことから、この素材を中心に「狂武蔵」を完成させることになったという。

 この77分ワンカットに加えて、新たに坂口と山崎賢人らが出演して、冒頭とラストを撮り足しているが、こちらは打って変わって激しいカット割りで、アップに俯瞰、回転映像と何でもありになっている。あえてこの対比を持ってきたわけで、下村監督、坂口はじめ制作陣のチャンバラアクションに懸ける熱い思いが、じーんと伝わってきた。(藤井克郎)

 2020年8月21日(金)から新宿武蔵野館など全国で公開。

©2020 CRAZY SAMURAI MUSASHI Film Partners

下村勇二監督作「狂武蔵」から。武蔵(左、坂口拓)は報復に燃える忠助(山崎賢人)と最後の戦いに臨む ©2020 CRAZY SAMURAI MUSASHI Film Partners

下村勇二監督作「狂武蔵」から。数百人の吉岡一門に囲まれた武蔵(坂口拓)は…… ©2020 CRAZY SAMURAI MUSASHI Film Partners