第327夜「ブルームーン」リチャード・リンクレイター監督
米テキサス州出身のリチャード・リンクレイター監督は、それほどたくさんの作品を見ているわけではないけれど、何となく映画という芸術形態の可能性に挑み続けている作家という印象がある。ベルリン国際映画祭の監督賞に輝いた「6才のボクが、大人になるまで。」(2014年)は、邦題の通り主人公の6歳の少年が18歳になるまでの家族の変化を、まさに12年間の歳月を費やして撮影した異色作だったし、やはりベルリンの監督賞受賞作「恋人までの距離(ディスタンス)」(1995年)は、その後「ビフォア・サンセット」(2004年)、「ビフォア・ミッドナイト」(2013年)と同じイーサン・ホークとジュリー・デルピーの主役で何年もかけて連作にするなど、ちょっと驚くような試みを行っている。
そのいずれにも出演しているイーサン・ホークの主演で撮った新作が「ブルームーン」だが、今度も相変わらず一筋縄ではいかない凝った作りになっていた。
ホーク演じる主人公は、1920、30年代に活躍した実在の作詞家、ロレンツ・ハートだ。と言ってもなかなか日本人にはなじみが薄いかもしれないが、ブロードウェイを代表する作曲家、リチャード・ロジャースとのコンビでヒット作をたくさん世に送り出している。ただロジャースのミュージカルと言えば、「南太平洋」(1949年)や「王様と私」(1951年)、「サウンド・オブ・ミュージック」(1959年)など、オスカー・ハマースタインの作詞による後期の作品の方がよく知られていて、ハート作詞としては「ブルームーン」(1934年)や「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」(1937年)といった楽曲がジャズのスタンダードとして今も歌い継がれているくらいかもしれない。
そのロジャース&ハートの代表曲をタイトルに頂いたこの映画は、1943年3月31日の夜、ニューヨークのあるバーからほぼ一歩も出ない大胆な構成になっている。この日、ロジャースが新たにハマースタインと組んだ初めてのミュージカル「オクラホマ!」がブロードウェイで初演され、大成功のうちに幕を閉じた。途中で観客席を立ったロジャースのかつての相棒、ハート(イーサン・ホーク)は、近くのバー、サーディーズのカウンターで1人、グラスを傾け、バーテンダーのエディ(ボビー・カナヴェイル)相手に講釈を垂れていた。
アルコール依存気味のハートは断酒中の身だったが、無理やりエディに酒を頼み、若いピアニストのモーティ(ジョナ・リース)に軽口を飛ばし、静かに1人の時間を過ごしていた作家のE・B・ホワイト(パトリック・ケネディ)に絡みつく。待ち合わせをしていた作詞家志望の大学生、エリザベス(マーガレット・クアリー)は、現れたかと思うと別室に消えてしまい、やがて初演成功の祝宴から流れてきた「オクラホマ!」の関係者一同がサーディーズに入ってくる。コンビ解消を避けたいハートは、上機嫌のロジャース(アンドリュー・スコット)に次の新作の提案を持ちかけるが……。
といった一夜の出来事が会話劇でテンポよく紡がれるのだが、とにかく驚かされるのがあふれんばかりのせりふの量だ。それもバーテンダーやピアニスト、客の作家はほとんどあいづちを返すくらいなのに対して、ハートが1人でべらべらとまくしたてる。今夜の「オクラホマ!」がいかに駄作か、自分はどうやってロジャースの才能を開花させたか、待ち合わせのエリザベスはどんなに魅力的か、などなど愚痴と悪態ばかりを繰り返す。その一方的な会話から、時代背景からショービジネスの本質、人間の嫉妬と欲望といった普遍的なテーマが浮かび上がってくるから大したものだ。
加えて、ハートを演じるホークがまた役になり切りまくっているというか、見た目も貧相で、アルコールを我慢する自制心も働かず、でも独善的で強がっている裏にある悲しさ、いら立ちが痛いほど伝わってくる。最初は才能の枯渇した嫌味ったらしい皮肉屋か、と見ているうちに、ハートの背負っている悲哀が浮き立ってきて、いつの間にかこの男に肩入れしている自分がいた。
また若いピアノ弾きのモーティが、ハートの気持ちを代弁するような美しい曲を、その都度その都度、弾き分けるんだよね。一幕一場の極めて制限された映像から、何とも壮大な世界が広がっていくようで、今度もまたリンクレイター監督にしてやられた、との感慨を抱いた。7月にはジャン=リュック・ゴダールを主人公にした監督作「ヌーヴェルヴァーグ」も公開を控えており、お楽しみはまだまだ続きそうだ。
2026年3月6日(金)から新宿ピカデリー、TOHOシネマズ シャンテなど全国で順次公開。
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リチャード・リンクレイター監督「ブルームーン」から。傷心のハート(右、イーサン・ホーク)は作詞家志望の大学生、エリザベス(マーガレット・クアリー)に好意を抱くが…… © 2025 FUNNY VALENTINE, LLC ALL RIGHTS RESERVED.

リチャード・リンクレイター監督「ブルームーン」から。映画はほぼバーの店内だけで繰り広げられる © 2025 FUNNY VALENTINE, LLC ALL RIGHTS RESERVED.

