第130夜「信虎」金子修介監督、宮下玄覇共同監督

 およそ映画監督と名のつく人に初めてインタビューしたのは、1988年3月のこと。金子修介監督だった。まだ32歳ながら未来の巨匠に会えるとあって、かなり興奮した記憶がある。

 何しろ農村が舞台のスラップスティックコメディー「山田村ワルツ」に続いて、少女たちが少年役を演じる世紀末ファンタジー「1999年の夏休み」が間もなく封切られるというタイミングで、まるで毛色の違った斬新な作品が相次いで公開されるなんて、若いのにすげえな、というのが20代の当時の感想だ。ぼそぼそっとしたしゃべり方で「いろんなタイプの作品に金子マークをつけたい」と語っていた言葉が印象に残っている。

 その後、「就職戦線異状なし」(1991年)、「毎日が夏休み」(1994年)、「デスノート」(2006年)と、本当によくぞここまでと思うくらいタイプの異なる作品を数多く手がけてきた。しかも「ガメラ 大怪獣空中決戦」(1995年)などの平成ガメラシリーズと、ゴジラシリーズの「ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃」(2001年)の二大怪獣映画に携わるわ、「学校の怪談3」(1997年)、「あずみ2 Death or Love」(2005年)と人気作の続編を任されるわ、変幻自在ぶりは群を抜いている。「学校の怪談3」のときに撮影現場を取材しているが、「人が作ったものを身近に寄せて新たな世界を創造するのは楽しいですね」と、パート3でもあくまで前向きだった。

 で、今度は時代劇だ。「あずみ2」で経験済みながら、「信虎」は史実に基づいた本格時代劇という触れ込みで、確かに所作といい、衣装といい、美術といい、何とも古風な風情を醸し出している。と同時に、ちょっとびっくりするような仕掛けもあって、なるほどここにも確かに金子マークが刻印されているなと感じ入った次第だ。

 信虎とは、甲斐の武将、武田信玄の父の武田信虎(寺田農)のことで、実の息子の信玄に国を追われ、長く京で足利将軍に仕えていた。元亀4(1573)年、すでに80歳になっていた信虎の元に、信玄が危篤という知らせが入る。これで武田家に復権できると考えた信虎は、わずかな手勢を引き連れて甲斐に戻ろうとするものの、信濃高遠城主を務める六男の武田逍遥軒(永島敏行)に甲斐入国を止められる。

 物語は、何とか武田家の存続を願う信虎と、信玄の跡目を継いだ孫の勝頼(荒井敦史)らとの対立を軸に展開するが、派手な合戦はほとんど登場しない。大半が足止めを食らわされた高遠城内の畳の上という地味な絵面ながら、丁々発止の会話の妙でぐいぐい引っ張っていく。

 中でもユニークなのは信虎が施す秘術だ。オンソワカ云々と呪文を唱えると、相手が信虎の意のままになるというもので、その秘術を受けた者は7人いるが、それが誰なのかはわからない。まるでドラゴンボールか八犬伝か、みたいなミステリー仕立てで、さすがは金子監督、外連味は相変わらずだなとうれしくなる。

 それに女性陣がまたいい。ちゃんとお歯黒に殿上眉といういでたちで現れ、緊張感のあるドラマに一服の安らぎをもたらす。中でも信虎の末娘を演じた谷村美月の真面目なコメディエンヌぶりには、大いに笑わせてもらった。全体を通した雰囲気や世界観はいかにも本格派ながら、でも諧謔味もたっぷり盛り込まれていて、なるほど紛れもなく令和時代の新時代劇だった。(藤井克郎)

 2021年11月12日(金)、TOHOシネマズ日本橋など全国公開。

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金子修介監督作品「信虎」から。80歳となった信虎(中央、寺田農)は甲斐への帰還を目指すが…… ©︎ミヤオビピクチャーズ

金子修介監督作品「信虎」から。信虎の末娘、お直(中央、谷村美月)は、京を離れたくはなかった ©︎ミヤオビピクチャーズ