誰かと語りたい体感する映画 「親密な他人」中村真夕監督

 見るたびに新鮮な発見が得られるのは間違いないだろう。公開中の「親密な他人」は、コロナ禍の閉塞感に覆われた現代社会を背景に、息子への愛にとらわれた母親と、母親の愛に飢えた青年との謎めいた交流を軸にしたサスペンススリラーだ。ほぼ連日、上映館に通い詰めてアフタートークを開いている中村真夕監督は、見終わった観客が口々に感想を言ってきてくれるとうれしそうに打ち明ける。「語りたい人が多い映画かもしれません。いろいろと後に残るというか、怖くて考えてしまいました、みたいなことを言ってくださる方もいらっしゃいますね」と笑顔をのぞかせる。(藤井克郎)

★母であっても女には変わりがない

「親密な他人」は、社会性を帯びつつも、決して何か声高に主張している作品ではない。ベビー服の販売員をしている46歳の恵(黒沢あすか)は、アパートに一人で暮らしながら、インターネットの掲示板で毎夜、行方知れずの心平(上村侑)の情報をチェックしていた。ある日、心平のことを知っているという20歳の青年、雄二(神尾楓珠)から連絡があり、直接会うことになる。心平の持ち物を見せられた恵はいぶかしく思うものの、身寄りがないという雄二を自宅アパートの心平の部屋に住まわせることにする。

 雄二は特殊詐欺、いわゆるオレオレ詐欺グループの一員で、誰からも愛情を注がれずに育ってきたが、恵も他人の赤ちゃんに異様な愛着を抱くなど、孤独の影を引きずって生きている。そんな2人の魂が、コロナ禍で出口の見えない閉塞感にあえぐ社会の中で交錯するさまが、なまめかしい描写を織り込みながらサスペンス性たっぷりにつづられる。最初に見たときは予期せぬ着地点にあっけにとられたが、2度目となると視点がまるっきり異なり、細部のさまざまな仕掛けにはっとさせられる。意外な細工がそこかしこに施されてあり、恐らく3回、4回と重ねるたびに、また新たな真実が見つかるのではないかと思われるような作品だ。

「からくりが分からないで見るのと分かった後とでは、恐らく印象が変わるだろうなという思いはありましたね」と話す中村監督によると、最初に中年女性を主人公にした物語を発想したのは10年以上も前にさかのぼる。当初はもう少しヒューマンドラマっぽい話だったが、徐々にサスペンスの要素が強くなっていき、新型コロナウイルス感染拡大後の2020年秋、最終的に企画が成立。コロナ禍の設定を盛り込んで、その年の暮れに10日間ほどで撮影した。

「ずっとドキュメンタリーをやってきたこともあり、この世界的なパンデミックの状況を映像にしたい、表現したいというのは、当初から思っていました。一方で、日本では女性は30代半ばを過ぎると妻と母になるしか生きる道がなく、そうなってしまったらもう女ではないみたいな現状に疑問を抱いていた。妻であり、母であっても、女であることには変わりがない、ということを描きたかったというのはありますね」

★オレオレ詐欺はなぜ息子なのか

 だが中年女性と若い男性が通じ合う企画に興味を示してくれるプロデューサーは、なかなか見つからなかった。「おばさんが主人公の映画は見たくない」とはっきり言われたこともある。

「おじさんが女子高校生に恋をするといった作品はいっぱいあって、そっちは何にも言われないのに、逆になった途端に抵抗を受けるわけです。まして私のは正面切ってのラブストーリーでもないし、そんなに抵抗されるほどではないと思うのですが、お金を出す人におじさんが多いせいでしょうか。現実にはないだろうと思えるような中年男性と若い女性の企画はよくて、逆だと気持ち悪いとか不道徳とか言われるんです」と、いびつな現状へのわだかまりを口にする。

 海外での生活が長かったこともあり、日本社会の特殊性には気になる点が多い。特に性別と年齢に関しては、こうあるべきだという目に見えぬ圧力があり、窮屈に感じることが多々ある。「女性だと年齢と容姿で格付けされますし、男性の場合は圧倒的に年収と地位ですよね。お金や社会的地位のあるおじさんは威張っているけど、ない人は窮屈そうにしていて、それはちょっとしんどい社会だなと感じます。でも女性の方が締め付けは強いでしょうね」

 アフタートークにゲストとして来てもらったフランス文学者で思想家の内田樹さんが話していたことによると、日本では息子、中でも長男が大事で、何かあったらお金を出してでも守るべき存在だから、オレオレ詐欺も横行するのだという。「海外から帰国したとき、何でオレオレ詐欺が成立するのか、何でいつも娘じゃなくて息子なんだろう、と疑問に感じていました。そのことを誰も疑問に思っていないところが、また不思議なんですよね」と中村監督は強調する。

★エロスの直接的ではない描写を追求

 とは言いつつ、「親密な他人」は決してがちがちの社会派作品というわけではなく、サスペンスとエロチシズムを伴った娯楽要素にあふれている。例えば随所にいろんな仕掛けが施されている点などは、野村芳太郎監督作品との類似性を指摘する声もある。

「作っているときはそこまで意識していなかったのですが、そう言えば野村監督作品は好きだなって。『鬼畜』なんて幼児虐待を逆手に取ったようなすごい話で、社会性もありつつサスペンスになっていますもんね。それと女性のエロスを、セックスシーンではなく違う方法で描きたかったというのがあります。エロスって直接的なことだけではないし、執拗に指をなめるシーンなんて、ちょっと変態っぽくて好きですね。自分では勝手にギャスパー・ノエ・ショットと呼んでいるんですけど」と、フランス映画の鬼才の名を挙げてほほ笑む。

 ほかにも雄二の下着にアイロンをかけるショットや雄二の髪を切ってうなじに息を吹きかける描写など、恵の意味ありげな所作にざわっとする場面は少なくない。かみそりを肌に当てるシーンも「床屋でやってもらっているのを昔の映画で見ると、気持ちよさそうだなと思うのと同時に、一歩間違えると殺されてしまう。その快感と危険の表裏一体が面白いなと思ったんです」と明かす。

 主演の黒沢あすかとも相談を重ね、例えば恵が部屋の中では裸足でいるのは黒沢のアイデアを採用した。撮影期間が限られていたこともあり、ニューヨークで学んだメソッド演技法に基づいて、役者が役柄との接点を見つけるまでリハーサルを重ねる手法を提案。特に雄二役の若い神尾楓珠にはアクションコーチをつけ、計9時間くらい掛けて役柄に近づける作業をみっちりと行った。

「オレオレ詐欺をやっている男の子たちは、単純にお金のためだけというよりは、親の愛を疑似体験したいという側面もある。だから母親に捨てられた子というバックグラウンドを作って、いろいろとトレーニングをしてもらいました。映画の中に青い鳥の羽をあげるという描写があるのですが、あれは悪いことをしていることへの免罪符の意味で使っています。モデルとまではいかないが、ウォン・カーウァイ監督の『欲望の翼』に出ているレスリー・チャンの役なんか、やっぱり母に捨てられて悪事に手を染めている。あの映画が大好きで、足のない鳥の話をして、地上に落ちるときは死ぬときだ、みたいなことを言うんですが、あんなキャラクターにしたいと思って青い鳥のエピソードを入れました。誰も気づかないんですけどね」

★撮るなと言われても撮るのがドキュメンタリー

 次から次へと名作、名監督の名がぽんぽんと飛び出してくるように、映画への興味は中学生のころからの筋金入り。最初にひかれたのがアンドレイ・タルコフスキーやデレク・ジャーマンといった映像作家で、一緒に見にいってくれる友達などおらず、一人で映画館に通っていた。

 中学を卒業すると、ロンドンに単身留学。日本に帰りたくなくて、ロンドン大学で英文学を専攻した後、ニューヨークのコロンビア大学大学院で文学、さらにニューヨーク大学大学院で映画を学び、アメリカで日本のテレビ番組などの制作に携わるようになる。

 ロンドンでは、憧れのジャーマン監督に会う機会にも恵まれた。「本のサイン会だったのですが、私、映画監督になりたいんですって言って握手もしてもらいました。そしたらなれるよって」と今も興奮気味に語る。

 その後、京都を舞台にした長編映画を撮りたいと帰国。それが長編デビュー作の「ハリヨの夏」(2006年)で、劇場公開もされた。一方で映画のメイキングの仕事も手掛け、市川崑監督の「犬神家の一族」再映画化の際は、岩井俊二監督の下について市川監督の薫陶を受ける。すでに90歳を超えていたが、直でカメラを向けたりマイクで言葉を拾ったりするとものすごく怒られ、しかも声は小さく、ぼそぼそとしかしゃべらない。

「でも、撮るなと言われて撮るのをやめたら、ドキュメンタリーとしては絶対にだめなんです。カメラを構えないで、でもこっそり撮っていないといけない。それに怒っているときが一番面白いですからね」。こうしてドキュメンタリーの作り方も身につけていった。

★競馬の馬のようにいっぱい走らせる

 2011年には日系ブラジル人の若者を追ったドキュメンタリー「孤独なツバメたち~デカセギの子どもに生まれて~」を発表。さらに2014年には、福島第一原発事故の避難区域に1人残り、動物の世話をし続ける松村直登さんに迫った「ナオトひとりっきり」を監督し、内外で高い評価を受ける。その後も「愛国者に気をつけろ!鈴木邦男」(2020年)といったドキュメンタリーを劇場公開するかたわら、短編でフィクションも作り続け、満を持して15年ぶりとなる長編劇映画「親密な他人」を世に送り出した。

 ドキュメンタリーとフィクションの描き分けは「ものによる」と中村監督は言う。ただどちらも「人を描く」という点で、根本の部分は変わらない。

「ドキュメンタリーもただ記録するだけではなく、演出はしている。嘘をつくという意味ではなく、この質問をこの状況でしたらどういう返事が来るかな、とか、ここに一緒に行ったらどうなるかな、といったことをいつも考えてやっているわけです。ただ演出する対象が実在の人物なので、その人の人生に介入してしまう。相手に撮ってほしくないと言われたら、それで終わりだったりもしますからね」

 今年はドキュメンタリーでもフィクションでも、さらに新たな作品を公開する予定だ。市川崑監督が亡くなる92歳のときに、まだやりたい企画が4本くらいあると話していた言葉が耳に残っている。「競馬の馬じゃないけれど、どれが一番先に着くか分からないから、常にいっぱい走らせておくという感じです」と、ますます意欲をかき立てる。

 コロナ禍で映画を配信で見る人が増えたという一面はあるが、中村監督自身、映画館で育ったということもあり、やはり劇場で見てもらいたいとの思いは強い。

「映画館の暗闇の中でじっと座って見るって、体感することなんです。話を追うだけだったら配信でも構わないけど、体感するものとして誰かと一緒に見て、見た後に語り合うことって、結構大事だなと思っています。タルコフスキーなんて、あれこそ劇場で見ないと意味が分からないし、体感するための映画という感じですよね。『親密な他人』も怖さなどを体感していただけたらいいですね」と劇場の勧めを説いていた。

中村真夕(なかむら・まゆ)

2006年、「ハリヨの夏」で長編初監督。釜山国際映画祭に招待される。その後、「孤独なツバメたち~デカセギの子どもに生まれて~」(2011年)、「ナオトひとりっきり」(2014年)、「愛国者に気をつけろ!鈴木邦男」(2020年)などのドキュメンタリー映画に加え、「午後の悪魔」(2017年)、「クローンハート」(2018年)、「4人のあいだで」(2020年)といった短編を手掛ける。

「親密な他人」(2021年/日本/96分)

脚本・監督:中村真夕 企画・製作:山上徹二郎 アソシエイト・プロデューサー:坂野かおり キャスティング・プロデューサー:鈴木俊明 ライン・プロデューサー:渡辺栄二

撮影:辻智彦 照明:大久保礼司 録音:川上拓也 編集:大重裕二 美術・装飾:小林美智子 衣装デザイン:宮本まさ江 ヘア・メイク:櫻井安里紗 助監督:七字幸久 音楽:新垣隆 宣伝:浦谷晃代

出演:黒沢あすか、神尾楓珠、上村侑、尚玄、佐野史郎、丘みつ子

制作協力:ポリゴンマジック 制作プロダクション:シグロ 製作:シグロ、OMPHALOS PICTURES 配給:シグロ

2022年3月5日(土)から東京・ユーロスペースで公開中。25日(金)からは福岡・KBCシネマ、4月9日(土)から横浜・シネマ・ジャック&ベティ、15日(金)から京都シネマ、16日(土)から大阪・第七藝術劇場、23日(土)から名古屋シネマテークなど、全国順次公開

© 2021 シグロ/Omphalos  Pictures

「映画館は直でお客さんと会えるのが一番」と語る中村真夕監督=2022年3月20日、東京都渋谷区のユーロスペース(藤井克郎撮影)

「親密な他人」の初日には、出演の黒沢あすか(中央)、上村侑(右)とともに舞台挨拶に登壇した=2022年3月5日、東京都渋谷区のユーロスペース(藤井克郎撮影)

この日は主演の黒沢あすか(右)とアフタートークを繰り広げた=2022年3月20日、東京都渋谷区のユーロスペース(藤井克郎撮影)

中村真夕監督作品「親密な他人」から。恵(黒沢あすか)は、身寄りのない雄二(神尾楓珠)を自室アパートに住まわせるが…… © 2021 シグロ/Omphalos  Pictures

中村真夕監督作品「親密な他人」から。コロナ禍の閉塞感も映り込んでいる © 2021 シグロ/Omphalos  Pictures