第108夜「猿楽町で会いましょう」児山隆監督

 世の中には実にいろんな映画祭、映画賞があるもので、最近のユニーク度ナンバーワンは「未完成映画予告編大賞 MI-CAN」ではないだろうか。まだ映画になっていない予告編映像を集めてコンペティションを行い、グランプリを獲得した作品には制作費3000万円で本編映画を撮ってもらうという何とも剛毅な企画で、2016年に第1回の募集が行われた。

 タイトルに作品の舞台となる地域名を入れた3分以内の映像という条件のもと、応募総数285編の中から初代グランプリに選出された「高崎グラフィティ。」は、受賞者の川島直人監督によって長編映画となり、2018年8月から公開された。このとき、川島監督に取材しているが、「ただかっこいい絵を撮っただけだとCMっぽくなってしまうし、かと言って、ある2人の会話をすべて撮ったところで全部は使えない。グランプリの受賞で長編を撮ることができて、キャストやスタッフにも恩返しできたと思います」と、予告編だけを作ることの難しさを語ってくれていた。

 その第2回グランプリに輝いたのが、児山隆監督の「猿楽町で会いましょう」だ。2018年4月の受賞後、予告編のテイストをそのままに世界観を豊かに膨らませて長編映画に仕上げ、2019年の東京国際映画祭で初披露。翌2020年6月には劇場公開の予定だったが、新型コロナウイルスの影響で延期となり、ようやく1年遅れでお目見えすることになった。ホント、よかったね。

 タイトルにある猿楽町とは、東京都渋谷区の町名で、東急東横線の代官山駅と渋谷駅の間に位置するちょっとおしゃれで落ち着いた街だ。駆け出しの写真家、小山田修司(金子大地)は、売り込みにいった雑誌編集者から仕事はもらえなかったものの、読者モデルの田中ユカ(石川瑠華)を紹介される。彼女はインスタグラム用の写真を撮影してくれるカメラマンを探していた。ファインダー越しに映るユカの笑顔に魅せられた小山田は、恋人がいないという彼女を積極的に誘うが、なかなか思うようにいかない。一方で、ユカにもいろいろと抱えている問題があった。

 映画は、小山田の視点、ユカの視点の双方から別々にとらえ、最後に答え合わせをするという手法で展開するが、特にユカの性格の描き方が衝撃的ですらある。ネタバレになるので、あまり詳しく書くことは避けるけど、後半になるにしたがってユカの本性が少しずつあらわになってくるという展開は見事で、これが長編第1作という児山監督の作劇術にドキッとした。もともと林海象監督の下で助監督を務めた後、LexusやLINE、マクドナルドといったCMのディレクターとして活躍してきたようだが、この人物像の掘り下げ方は大したものだ。

 と同時に、ユカ役を石川瑠華という女優に演じさせたキャスティングの妙味にもうなった。童顔で愛らしい笑顔が魅力の石川は、小山田でなくても裏があるようにはまるで思えず、それがこのドラマの肝にもなっている。

 実は当方、2019年10月に東京国際映画祭で上映されたときに彼女にインタビュー取材をしているのだが、予告編大賞の応募作品に出演するまで児山監督とは全く面識がなかったらしい。ある日、いきなりインスタグラムで児山監督からダイレクトメールが送られてきて、出演を依頼されたという。

「普通だったら危ないのかもしれないけど、あんまり深く考えずに返信して、監督とお会いしたんです。そのとき、監督の強い熱意が伝わってきて、私でよければやりたいなと思いました」と石川は話していたが、そこから予告編大賞グランプリ、長編映画の主役とつながっていくわけで、どこにチャンスが転がっているかわからないものだ。ちなみにこのときのインタビュー記事は、映画情報サイトの「ミニシアターに行こう。」で書いているので、よかったらどうかご一読を。

 ところでこのユカという人物だが、人によっては拒否感を抱くかもしれない。それをあえてかわいい女としてとらえた児山監督も豪胆なら、ちっとも嫌みったらしくなく表現した石川もなかなかのものだ。石川はその後、いろんな映画に引っ張りだこの存在になっているが、彼女の原点とも言える作品がやっと日の目を見るんだから、これは何としても映画館に急がなくっちゃね。(藤井克郎)

 2021年6月4日(金)から、渋谷・ホワイトシネクイント、シネ・リーブル池袋など全国で順次公開。

©2019オフィスクレッシェンド

児山隆監督作「猿楽町で会いましょう」から。カメラマンの小山田(金子大地)は、読者モデルのユカ(石川瑠華)に引かれるが…… ©2019オフィスクレッシェンド

児山隆監督作「猿楽町で会いましょう」から。カメラマンの小山田(金子大地)は、読者モデルのユカ(石川瑠華)に引かれるが…… ©2019オフィスクレッシェンド