第159夜「PLAN 75」早川千絵監督
海外の映画祭で日本の新人監督が脚光を浴びると、単純にうれしくなる。もちろん黒沢清や是枝裕和、河瀨直美といった常連の活躍も喜ばしいんだけど、新鮮な名前を見つけたときのわくわく感は何ものにも代えがたい。
そんな中で最も旬な存在が、早川千絵監督だろう。初の長編映画「PLAN 75」が5月のカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に出品され、新人監督賞に当たるカメラドールの特別表彰を受けた。特別表彰は毎回必ず出るものではなく、受賞作品と甲乙つけがたいからどうしても言及したい、という性質のもので、それだけ審査員の心に引っかかるものがあったということだろう。
映画の舞台は、少子高齢化がさらに進んだ日本という設定になっている。政府は、75歳から自分の生死を自由に選択できる制度〈プラン75〉を導入。生きがいを失った高齢者の人生のしまい方をお手伝いしようというわけだ。
ホテルの客室清掃の仕事をしている78歳のミチ(倍賞千恵子)は、高齢者の同僚にも恵まれ、まだまだ現役のまま働いていたいと思っていた。だがある日、同僚の1人が勤務中に倒れたのをきっかけに、解雇を言い渡される。夫と死別し、子どものいない彼女は、1人住まいの古い団地も取り壊されることになり、〈プラン75〉の制度に申請することを検討するが……。
映画は、ミチと、〈プラン75〉申請者の心のケアを担当する電話オペレーター(河合優実)との声だけの交流を中心に、市役所の〈プラン75〉申請窓口で働くヒロム(磯村勇斗)と伯父(たかお鷹)との再会と別れ、フィリピンから出稼ぎで来日し、〈プラン75〉利用者の遺品処理の仕事に従事するマリア(ステファニー・アリアン)の苦悩など、重層的に展開。高齢者の生き方だけでなく、労働力不足や同調圧力など、今の日本を覆うさまざまな社会問題を内包して、深く重くつづられる。
驚くのは、社会性と芸術性の両面で初長編とは思えぬほど熟達した冴えを見せる早川監督の描写力だ。映像は全体的に黒みがかった感触に覆われ、希望の見えない時代設定を巧みに彩る。自宅の台所にたたずむミチの横顔など、まるでフェルメールの絵のような陰翳で、彼女が置かれた状況と内面の葛藤を見事に伝える。
中でも彼女が、温かい日の光に包まれて高台から街並みを見下ろす後ろ姿のショットは、美しさを通り越してあまりにも神々しく、まさに映画の神様が降臨したかのような奇跡的な瞬間だ。ごく手前にピントを合わせて、ずっとぼやけた中で背後の動きを捉えた冒頭のシーンといい、撮影監督を務めた浦田秀穂の映像センスにはほれぼれした。
一方で、作品のテーマはまさに時宜にかなっていて、早川監督の社会を見つめる視線の鋭さが光る。映画の中でバラ色の未来をもたらすとされる〈プラン75〉も、下支えしているのは最下層の外国人労働者や高齢者たちで、生きる希望を失って死を選択するお年寄りの後始末を、やっぱり生きがいなど感じていないような同じお年寄りが行うというのは何とも皮肉だ。そんな構図の上で築かれる繁栄は、果たして幸せな社会と言えるのか。現実の日本にも置き換え得る風刺がそこかしこに見え隠れして、早川監督の巧みな作劇術に舌を巻いた。
この作品は、是枝裕和監督が総合監修を務め、5人の新鋭監督が参加したオムニバス映画「十年 Ten Years Japan」(2018年)の1編だった短編を、早川監督自身がキャストを一新して長編化した。このオムニバスは、香港を舞台にした「十年」(2015年)を基にした国際共同プロジェクトの一環として作られていたが、長編化に当たっては、日本の資本に加えて、フランス、フィリピン、カタールの企業が出資している。早川監督自身、米ニューヨークの美術大学で写真を専攻するなど、グローバルな視点を身につけているし、カンヌでの評判をステップに、ますます世界に羽ばたいていくんじゃないかな。(藤井克郎)
2022年6月17日(金)、新宿ピカデリーなど全国で公開。
©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee
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