自身の生き方を見つめ直すきっかけに 「百年と希望」西原孝至監督

「百年と希望」は、2022年7月に創立100年を迎える日本共産党をモチーフにしたドキュメンタリー映画だ。などと聞くと、どうせプロパガンダ映画だろうと腰が引ける向きもあるかもしれない。確かに西原孝至監督(38)が撮っているのは、同党の党員や議員、党を支える支持者たちの姿だが、カメラの向こう側からは、今の日本を覆うさまざまな絶望と、それに対峙するかすかな希望が浮かび上がってくる。「ぜひぜひ政治に興味のない人にこそ見てもらって、自分自身の生き方を見つめ直すきっかけになったらいいなと思っています」と西原監督はアピールする。(藤井克郎)

批判も含めて日本共産党の今を描く

 タイトルに「百年」と入っているが、この映画は日本共産党の歴史をたどる映画ではない。さらには党の主要な役職の人物も、ほとんど登場しない。西原監督が見つめるのは、学校の校則改革に取り組む東京都議会議員だったり、企業を定年退職後、地方で農業をやっている党員だったり、日々の紙面づくりに四苦八苦するしんぶん赤旗の編集部だったりと、ごくごく一般的な日本国民の姿だ。そんな彼らの日常を追いかけながら、2021年に行われた2つの選挙、夏の都議選と秋の衆院選の風景を交えて、日本の現状を切り取っている。

 日本共産党への関心から企画をスタートしたものの、もともと党を称賛するつもりなどは毛頭なく、取材相手の人選も党から指示されたわけではなかった。

「私が興味を持った方々にオファーをして、撮影させてもらいました。何か明確なイデオロギーなりメッセージなりが前提にあって、それに沿って撮っていったわけではなく、今を生きる若い世代を中心に、彼らが日々どういう思いで活動しているかということを見つめていければいいなと思っていた。党への企画書には、批判も含めて100年目の日本共産党の姿を描きたいと明記していたのですが、この取材は受けられない、などということはなかったですね」と西原監督は振り返る。

 中でも頻繁に登場するのが、元衆議院議員で女性問題を中心に熱心に活動する池内さおりさんだ。西原監督が学生団体のSEALDsを扱ったドキュメンタリー映画「わたしの自由について~SEALDs 2015~」(2016年)の上映後のトークゲストに来てもらったことがあり、今回の作品を作るに当たって、ぜひ撮影したいと依頼した。

 彼女に密着するカメラは、新宿歌舞伎町にたむろする少女たちを狙う性搾取の実態なども映し出す。党活動とはあまり関係がなさそうに見えるが、日頃から少女たちの自立支援をサポートしている民間団体「Colabo」の仁藤夢乃代表はカメラの前で訴える。「この問題を何とかしようとしている政治家は、共産党の中でも池内さんしかいない」と。

「ジェンダー平等に関する仁藤さんの指摘だったり、共産党は党名を含めて変わらないといけないと主張する若い党員だったり、党に対する厳しい意見もすくい取っていますが、もともと外部の人間が作るということでスタートした映画ですからね。内覧試写を党本部でやったのですが、編集をし直してくれとか、ここは使わないでくれ、という意見は一切ありませんでした。これから上映を重ねる中で、党内からいろんな意見が出てくるかもしれませんが、批判も含めて受け止めたいと思っています」

あなたにとって希望とは、との問いかけ

 創立100年と日本で最も長く存続する政党とは言え、通過点としての記録映画にしたいと、あえて党の歴史には触れなかった。タイトルには「100年目」を意味する「百年」に加えて「希望」と併記させたが、映画の中には希望よりも絶望の方が多く横たわっているようにも思える。理想を熱く語り、身を粉にして活動に邁進する党員たちだけでなく、彼らに精いっぱいの声援を送る支持者ら、映画に登場する人たちはひたすら前向きで希望を抱いているが、選挙の結果は、その情熱がほとんど国民に伝わっていないという事実を物語る。そんな情景を、西原監督は実に冷静に淡々とカメラに収める。

「希望にはグラデーションがあって、絶望も希望の中に含まれると思っています。希望は映画に登場する人たちが、キーワードのように使っていた言葉で、映画を見てくれる一人一人に、あなたにとって希望とは何ですか、ということを問いかけたかったということもあります」とタイトルに込めた思いを口にする。

 考えてもらう一つのきっかけにしたい、というのは、西原監督がいつも映画づくりに際して心に留めていることだ。ドキュメンタリーの場合、話している人物のどのコメントをピックアップするかという段階で、すでに作り手のメッセージなり方向性なりは、十分すぎるほど入っている。

「さらにナレーションなどを入れて方向付けをしてしまうと、観客はその方向でしか作品を見ることができなくなる。私が映画に期待するものは、ここを出発点にさまざまに考えが広がっていくことで、そんな閉じていない作品を目指したい。この映画も、情報的なテロップ以外は極力説明を外して、見てもらう方にご自身で考えていただけるように作ったつもりです」

他者との共有で得る複雑さが映画の醍醐味

 大学院を中退後、映像制作会社に入ってキャリアをスタートさせた西原監督は当初、テレビのドキュメンタリー番組に携わる一方、劇映画も手がけていた。だが徐々に社会の中の少数派と言われるような人たちにフォーカスするようになり、「わたしの自由について」に続いて、障害者の日常を追ったドキュメンタリー「もうろうを生きる」(2017年)、若い女性の生き方をドキュメンタリーとフィクションを絡ませて掘り下げた「シスターフッド」(2019年)と、意欲作を次々と発表。今回はさらに踏み込んで、政治の本質に迫った。

「誰しも政治だったり社会だったりに無関心ではいられないはず。でも特に日本では、市民と政治の間に距離ができてしまっていて、自分一人じゃ何も変わらないと諦めている人が多い。本当は日常のあらゆる瞬間に社会が変わるきっかけはあるし、映像を作っている人間として、諦めてしまっている人に、声を上げると社会が変わる可能性があるんだよ、ということが少しでも伝わればと思っています」

 だが、そういった政治や社会に興味のない人たちに、果たして映画という表現は有効な手立てなのだろうか。コロナ禍で映画館に足を運ぶ人が減り、今や誰もが配信で映画を楽しむ環境に慣れてしまった。特にこの作品がターゲットにする若者の中には、もはや自宅で映画を見る際は早送りやスキップ機能を駆使して時間を短縮させることが常態化している人も多い。わざわざ劇場まで出向いて社会派ドキュメンタリーを見ようという人は、そもそも普段から社会の矛盾や問題点に関して高い意識を持っているのではないだろうか。

「もしかしたら配信の方が多くの見てもらえる可能性は高いかもしれません。ただ劇場公開を前提として作ってきましたからね」と恐縮しながらも、映画館で映画を見ることの価値について熱く語る。

「他者と一緒に物事を共有することで得られる複雑さみたいなものがあって、それこそが映画を見る醍醐味だと思っています。それに映画館に入ってしまうと、2時間なら2時間、一つのことに向き合うことになる。そういう没入する時間って今はどこにもなくて、例えば家で映画を見ていても、電話が鳴るかもしれないし、郵便配達が来るかもしれない。スクリーンを通して一つのことに向き合う時間は、人間が生きる上で必要なことの一つなんじゃないでしょうか」

持続可能な映画界のためにできること

 そんな大切な映画だけに、環境を改善しようという活動にも積極的に関わっている。コロナ禍ではいち早く、全国のミニシアター支援の署名を集めた「SAVE the CINEMA」プロジェクトに呼びかけ人として参加。2021年7月には、映画界のジェンダーギャップ、労働環境、若手人材不足の解消を目指して、非営利団体「Japanese Film Project」を設立し、さまざまな調査、検証、提言を行っている。

 映画界の性暴力、パワハラの問題は、このところ週刊誌を中心に世間の耳目を集めているが、「悪い風習がずっと続いてきたことに、このままじゃいかないと声を上げる方々が増えている状況には、希望を感じている」と言う。

「何とか勇気を振り絞って声を上げた被害者の方々の思いに報いるためにも、そしてこれからも日本映画界が続いていくためにも、現状を変えていかないといけないと思う。例えば契約書を確実に交わすとか、パワハラ、セクハラに対応できる第三者窓口を作るとか、今年中にできることはいくつでもおると思うので、いろんな他団体と連携しながら一つ一つ変えていきたい」と強調する。

「次は日本のジャーナリズムがなぜ、こんな機能不全に陥ったのかということを描く劇映画を作りたいと思っていて、脚本を準備しているところです」と、西原監督はさらに闘志を燃え上がらせていた。

西原孝至(にしはら・たかし)

1983年生まれ。富山県出身。早稲田大学大学院国際情報通信研究科を中退後、テレビドキュメンタリーの演出を経て、映画制作を開始。2014年の監督作「Starting Over」は東京国際映画祭をはじめ、国内外10以上の映画祭に招待され、高い評価を得る。その後、ドキュメンタリー映画「わたしの自由について~SEALDs 2015~」(2016年)、「もうろうをいきる」(2017年)を発表。「シスターフッド」(2019年)は、フィクションともドキュメンタリーともつかぬ手法で女性の生き方に迫り、釜山国際映画祭、タリンブラックナイツ映画祭で上映されるなど、評判を呼んだ。

「百年と希望」(2022年/日本/107分)

監督・撮影・編集:西原孝至 プロデューサー:増渕愛子 録音・整音:川上拓也 録音:黄永昌 音楽:篠田ミル

製作・配給・宣伝:ML9 配給協力:太秦

2022年6月18日(土)から渋谷・ユーロスペースなど全国で順次公開。

© ML9

「100年目を迎える今の日本共産党の姿を描きたかった」と語る西原孝至監督=2022年6月1日、東京都渋谷区(藤井克郎撮影)

「100年目を迎える今の日本共産党の姿を描きたかった」と語る西原孝至監督=2022年6月1日、東京都渋谷区(藤井克郎撮影)

ドキュメンタリー映画「百年と希望」から © ML9

ドキュメンタリー映画「百年と希望」から © ML9