ミニシアターの魅力と実情を映像にとどめる リム・カーワイ監督「ディス・マジック・モーメント」

 世界に誇る日本のミニシアター文化が危機に瀕している。コロナ禍が落ち着いたからと言って客足が伸びるわけでもなく、2022年に東京の岩波ホール、大阪のテアトル梅田などが閉館したのに続き、2023年に入ってからも3月に名古屋の名演小劇場が無期限休館に入ったほか、7月には名古屋シネマテーク、9月には京都みなみ会館が長い歴史に幕を下ろした。そんな実情を少しでも多くの人に知ってもらいたいと立ち上がったのが、マレーシア出身で大阪を拠点に活動するリム・カーワイ監督(50)だ。全国のミニシアターを回って館長や支配人らの映画館への思いを収め、「ディス・マジック・モーメント」というドキュメンタリー映画に仕上げた。「ミニシアターのことをよく知らない人にこそ見てほしい」と力を込める。(藤井克郎)

★世界中の見知らぬ人々の痛みを知る

「ディス・マジック・モーメント」には、全国22カ所の映画館が登場する。その中には2022年9月末に閉館した大阪市北区のテアトル梅田、館長の死去で閉館を余儀なくされた沖縄県那覇市の首里劇場、商店街の火災で焼失した北九州市小倉北区の小倉昭和館も含まれる。ほかにも撮影当時は休館中で再建を模索中だった兵庫県豊岡市の豊岡劇場、ドーナツが名物のカフェを併設する沖縄県沖縄市のシアタードーナツ・オキナワ、館主だった父親が急死し、後を継いだ長男が住まいのある東京と行き来しながら存続させている福井市の福井メトロ劇場など、脆弱な基盤の上に成り立っている映画館も少なくない。

 そんなビジネスとしてはとうに立ち行かなくなっているミニシアターを続けている理由とは何なのか。リム監督は沖縄県宮古島市から北海道浦河町まで自ら足を運び、各劇場の観客席で館長らの話にただただ耳を傾ける。監督から余計な論評が加えられることはないが、ここから浮かび上がってくるのは、とにかくミニシアターがある街は文化的にとてつもなく豊かで、絶対になくしてはいけない存在だということだ。

「佐賀県の唐津市なんて知っている人は少ないかもしれない。でもTHEATER ENYAというミニシアターがあるから、唐津の市民は世界中の行ったことのない国の映画を見ることができる。シネコンはハリウッド映画や日本のアニメーションしかやらないけれど、ミニシアターでは言葉も違えば文化も違う、世界中の見知らぬ人々の痛みを知ることができる。そういう出会いの場としてミニシアターはものすごく大事で、それはやっぱりなくしてはいけないものなんです」とリム監督は強調する。

★それでも映画館を経営する理由とは

 全国のミニシアターを回ってドキュメンタリーを撮ろうと思ったのは、前作の「あなたの微笑み」(2022年)でいくつか地方の映画館で撮影したことが大きい。売れない自主映画の監督が地方を回って自作を上映してくれるよう映画館に頼み込むという劇映画だったが、それって劇場にとっては迷惑かもしれないと思った。

「これまでも僕の映画は東京や大阪など都市部のミニシアターでしか上映されず、たまに地方でかかっても都市部と比べると圧倒的に数字は低かった。僕の作品だけじゃないはずで、それでも映画館を経営する理由は何なのか。これまでに行ったことのないところも含めて、全国を回って聞いてみたかったというのが、この映画を撮った理由の一つです」

 もう一つ、「あなたの微笑み」で撮影した劇場が相次いで閉館や休館、火災などに見舞われたことも要因として挙げられる。非常にショックだったものの、一方でもう存在していない映画館が「あなたの微笑み」の中で映像としてその姿を残している。撮影して記録することの大切さに改めて気づいたが、ちょうどそのころ、学生時代からよく通っていたテアトル梅田の閉館が決定。どうしても記録しておきたいとの思いから、ドキュメンタリー映画として撮るしかない、いや撮らざるをえないと決意する。こうしてテアトル梅田の撮影で2022年9月29日、映画がクランクインした。閉館1日前のことだった。

★人口減少の地方で支えていくのは無理

 ここから怒涛の全国行脚が始まる。映画制作に当たって、文化庁によるコロナ禍からの文化芸術活動の再興支援事業「ARTS for the future!2(AFF2)」の助成金が出たが、2022年内に作品を完成させることが条件だった。となると1カ月半ですべての撮影を終えなくてはならない。1館ごとに電話やメールで取材の許可を取っていったが、日本列島のあちこちをばらばらに回るのは予算の面からも難しい。この週は九州、沖縄、次の週は中部、北陸といったふうにエリアごとにアポを入れて、効率よく回るように調整した。しかも全てのインタビューを観客席で撮ることを自らに課したため、撮影できるのは映画館の営業が終わった後か始まる前の限られた時間だった。

「ほとんどは営業後の撮影でしたが、劇場がこちらの時間に合わせてくれた。取材依頼の連絡をしたのも1週間前、2週間前ですからね。今から考えると、ホント申し訳ない思いです。でも都合が合わなくて取材できなかったところはあったけど、拒否された映画館は一つもなかった。みんな歓迎してくれた。それだけ言いたいことがあるということかもしれませんね」

 こうして集めた全国22カ所の実態を見るにつけ、ミニシアターの未来は決して明るくないというのがリム監督の偽らざる感想だ。

「もちろん応援はしたい。でも例えば休館から再オープンした豊岡劇場の元代表が言っていたが、豊岡市のように人口が8万人しかない街で市民だけでミニシアターを支えるのは無理なんです。映画館というのは文化施設で、地域にとっては図書館や美術館のような役割も担っている。建物も歴史がある。それを維持するには、政府の助成金が必要です。とにかく地方のミニシアターはビジネスとしては成り立たない。そのことに今、気づいてほしいんです」

★映画館は人と人をつなぐ架け橋

 ただでさえ厳しいところに、コロナ禍によって家にこもったまま映画を楽しむ方法を多くの人が見いだしてしまった。動画の配信サービスもますます充実してきており、映画館はアトラクション的に体感する場という認識の人も少なくない中で、地方のミニシアターが直面する現実はあまりにも過酷だ。

 だからこそ「この映画をぜひ官僚の人たちに見てほしい」とリム監督は力説する。

「今の世の中、みんな経済効果でものを考えているけど、経済効果では測ることができないのが映画であり、ミニシアターだと思う。本当の豊かさというものは、お金や経済で語ってはいけない。今こそ人と人とのつながりが必要な時代で、特に地方にとっては映画館が一つの交流の場、人をつなぐ架け橋になっている。ほかにそういう文化施設は地方に行くとほとんどないし、図書館もあるけど、映画館のように自然と声を掛け合って話が弾むというのとは違う。ミニシアターは絶対になくしてはいけない場所なんです」

◆「ディス・マジック・モーメント」(2023年/日本/90分)This Magic Moment

監督・プロデューサー・脚本・編集・ナレーション:リム・カーワイ

撮影:大窪竜司 録音・サウンドデザイン:山下彩 音楽:石川潤 カラコレ:田巻源太

出演:テアトル梅田(木幡明夫、瀧川佳典) よしもと南の島パニパニシネマ(下地史子) 首里劇場(金城政則、平良竜次) シアタードーナツ・オキナワ(宮島真一) 小倉昭和館(樋口智巳) 別府ブルーバード劇場(岡村照) 宮崎キネマ館(喜田惇郎) ガーデンズシネマ(黒岩美智子) THEATER ENYA(甲斐田晴子) 豊岡劇場(石橋秀彦、田中亜衣子) シネマテークたかさき(志尾睦子) 高田世界館(上野迪音) 上田映劇(原悟) シネマスコーレ(木全純治) 福井メトロ劇場(根岸輝尚) シネモンド(上野克) ほとり座(樋口裕重子) シネ・ウインド(井上経久) 御成座(切替桂、遠藤健介、仲谷政信) シネマディクト(谷田恵一) 大黒座(三上雅弘、三上佳寿) シネ・ヌーヴォ(景山理)

企画・制作・配給:cinema drifters 宣伝:大福 宣伝美術:阿部事務所

2023年11月25日(土)から東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムなど全国で順次公開

◆リム・カーワイ(林家威)

1973年生まれ。マレーシア出身。大阪大学基礎工学部卒業後、通信業界を経て、北京電影学院監督コース卒業。2010年、北京で「アフター・オール・ディーズ・イヤーズ」を自主制作して長編監督デビュー。主な監督作品に「新世界の夜明け」(2011年)、「Fly Me To Minami 恋するミナミ」(2013年)、「どこでもない、ここしかない」(2018年)、「いつか、どこかで」(2019年)、「COME & GO カム・アンド・ゴー」(2020年)など。2024年にバルカン半島3部作の完結編「すべて、至るところにある」の公開を控える。

「ミニシアターは絶対になくしてはいけない場所」と強調するリム・カーワイ監督=2023年11月2日、東京都渋谷区(藤井克郎撮影)

「ミニシアターは絶対になくしてはいけない場所」と強調するリム・カーワイ監督=2023年11月2日、東京都渋谷区(藤井克郎撮影)

映画「ディス・マジック・モーメント」から。秋田県大館市の御成座で、一家で映画館に引っ越してきた切替桂さん(左)に話を聞くリム・カーワイ監督 ©cinemadrifters

映画「ディス・マジック・モーメント」から。映画監督を目指すきっかけになった大阪市西区のシネ・ヌーヴォを訪ねるリム・カーワイ監督 ©cinemadrifters

映画「ディス・マジック・モーメント」から。大分県別府市の別府ブルーバード劇場で、90歳を超えた今も日々の仕事をこなす館長の岡村照さん(左)に話を聞くリム・カーワイ監督 ©cinemadrifters

映画「ディス・マジック・モーメント」から。北九州市の旦過市場の火事で焼失した小倉昭和館の跡地で、館主の樋口智巳さん(左)から再建に懸ける思いを聞くリム・カーワイ監督 ©cinemadrifters