日記を書くみたいに映画を撮る 「二人静か」坂本礼監督

 かつての撮影所システムが崩壊し、大学や専門学校での映画教育がまだ充実していなかった時代、ピンク映画の現場が一番の学校だった。現在の日本映画を支える多くの名匠、巨匠がそこから巣立っていったが、その最後の世代とも言える「ピンク七福神」の一人、坂本礼監督(50)の7年ぶりとなる新作「二人静か」は、夫婦の喪失と再生の物語を社会性と芸術性を絡めて描き、しみじみとした余韻を残す良作だ。ピンク映画も含めて監督作としては10本目になるが、「僕にとって映画を撮ることは日記みたいなもの。向上心があるかと言われるとないに等しい」と申し訳なさそうに語る。(藤井克郎)

★子どもを作るために結婚したわけじゃない

「二人静か」は、一切の音楽を用いずに自然音だけが流れるという静けさで、でも極めて心がざわつくような激しいドラマが展開される。涼子(西山真来)と雅之(水澤紳吾)の夫婦は、5年前に5歳になる娘の明菜が行方不明になり、今も必死にその行方を探していた。ある日、街頭で情報提供を呼びかけるチラシを配っていると、一人の若い女性に声をかけられる。出産を控えた莉奈(ぎぃ子)と名乗る彼女は、涼子たちに同情して積極的にチラシ配布を手伝ってくれるという。莉奈との交流を深めていく涼子だが、莉奈はある秘密を抱えていた。

 坂本監督がこの映画を企画したのは、前作の「夢の女 ユメノヒト」(2016年)と同じくらいの時期だった。もともとは不妊で悩んでいる夫婦のブログを読んだことがきっかけで、「自分たちは子どもを作るために結婚したわけじゃないのに、なぜこんなに悩んでいるのか」との思いがつづられていた。

「これを映画にしたいなと思ったのが最初です。新潟の少女監禁事件などもあって、子どもが失踪していなくなった夫婦の話にしようと脚本家の中野太さんに書いてもらい、7~8年前に初稿は出来上がっていました。ただほかの監督作品の方が先に進んでいったりして、そのうちにコロナになった。でも中野さんに書いてもらっていることもあって、形にしないのはどうなんだとの思いはずっとありましたね」と坂本監督は振り返る。

 新潟の少女監禁事件とは、1990年に当時9歳の女の子が行方不明になり、10年後の2000年に19歳になっていた彼女が保護された事件のことだ。坂本監督自身も結婚して長く子どもに恵まれず、不妊というキーワードでネット検索をかけるなど、いろいろと調べたりもした。その後、何とか映画にできないかと模索していく中で、映画評論家でもある寺脇研さんが資金提供で協力してくれることになり、文化庁によるコロナ禍からの文化芸術活動の再興支援事業「ARTS for the future! 2(AFF2)」の助成も下りたことで、映画化が実現することになった。

★35ミリの仕事がしたい、とピンクの現場に

 夫婦関係をテーマにしたのは、坂本監督自身、結婚という制度にしっくりこない感覚があったということもある。社会の中で生きる手段である一方で、そこには愛情が推し量られる。結婚はゴールインと言うものの、一体何のゴールなんだという思いがあった。

「結婚という制度の中にいる二人、ということは考えましたね。とにかく小さい規模なので、自分で立ち上げなくてはならないのですが、エンジンの掛かりが遅いのか、なかなかスタートを切ることができなかった。でも今の時期の公開になってよかったのかなという思いもあります。僕は1994年くらいから助監督を始めたのですが、90年代って社会に閉塞感があり、そんな中でみんな映画づくりに向かっていた。世紀が明けると柔らかいムードになったが、大震災があって、原発事故があって、今はロシアとウクライナが戦争をしたり、また何かぐっと抑えつけられている感じがあるのかなと思いますね」

 こう語る坂本監督は、子どものころから映画好きの少年というわけではなかった。高校のころはなりたい職業が1カ月ごとに変わっていたが、レンタル店で「彼女が水着にきがえたら」(1989年、馬場康夫監督)のビデオを借りて見て、エンドクレジットに名前が乗りたいという気持ちが沸き起こった。

「高校3年生のときでしたね。映画監督になりたいなと思って、大学は日大芸術学部も受けたのですが、入れなくて……。そうしたら情報誌のぴあに、にっかつ芸術学院の広告が出ていた。もう一つ、東京映像芸術学院というのもあったのですが、学校案内の写真がにっかつは緩そうだったので、そっちに行きました(笑)」

 入学後はジャン=リュック・ゴダールやロベルト・ロッセリーニなど、月に30本から50本くらい映画を見まくっていたが、そんな中にアテネ・フランセ文化センターで特集上映をしていた「ピンク四天王」の作品があった。35ミリフィルムの仕事がしたい、早く監督になりたい、という思いと合致する映画づくりの現場があることを知り、ピンク映画館で製作会社の名前を拾って電話をかけた。つながったところが、現在も製作でお世話になっている国映だった。こうしてにっかつ芸術学院に在籍したまま、ピンク四天王の一人、瀬々敬久監督の現場に助監督として入ることになる。1994年9月のことだった。

★向上心はあるかと言えばないに等しい

 ピンク四天王とは、瀬々監督に加えて、佐藤寿保、サトウトシキ、佐野和宏の各監督のことを指す。セックスシーンが売りのピンク映画にあって彼らの作品は作家性が際立ち、ピンク映画館からは「客が入らない」と文句を言われつつも、アテネ・フランセ文化センターでの企画をはじめ、一般上映の機会などで多くの映画ファンをとりこにしていた。

「映画自体、面白かったし、活力に満ちていた。90年代って閉塞感があって、僕も悶々としていた中で、ピンク映画館で瀬々さんの映画を見ると溌溂としていて心地よかったんです。当時は周防正行監督や滝田洋二郎監督、高橋伴明監督といったピンク映画を撮っていた方々が話題作を手がけ始めていたころで、将来像も見えていた。ピンクにはそんな全てがあった気がしますね」

 現場でもまれながら研鑽を積み、1999年に「セックス・フレンド 濡れざかり」で監督デビューを果たす。同じころに活動していた今岡信治、上野俊哉、榎本敏郎、鎌田義孝、田尻裕司、女池充の各監督とともに「ピンク七福神」と称されたが、「あれは自分たちで言っていたようなものです」と照れ笑いを浮かべる。

「僕より下の世代もデビューはしましたが、みんな1本くらいで終わっている。国映が作る本数も徐々に減っていって、今は国映ではピンクはやっていません。ただ僕らからしたらピンク映画館でかかるのがピンク映画というだけで、ピンク映画を作っているという意識はないんです。こういう映画を作りたいというだけです」

 こう話す坂本監督によると、これまで外部から監督を依頼されたことは一度もないという。ほぼ同世代の李相日監督や山下敦弘監督など、いっぱい映画を撮っていていいなとは思うものの、「自分もそういうふうになりたいという向上心があるかと言われると、ないに等しい」といたって欲がない。

★映画は形にして残しておこうという気持ち

 そうは言いながら、今回の「二人静か」は映画的にかなり攻めた表現が施されている。音楽を全く用いないというのも挑戦的だが、カメラワークも例えば涼子と雅之が立ち止まって話をしているときは据え置きで、歩き出したら移動撮影になって、2人の表情を長回しで捉える。莉奈がタクシーに乗るシーンなどは、ずっと手持ちカメラを移動させていたかと思ったら、そのままタクシーとともに去っていき、見送る涼子の姿がどんどん遠ざかっていく。

「ハイスピード撮影もそうなんですが、僕らはウォン・カーウァイ作品の世代で、『欲望の翼』(1990年)とか見直すと、こういう作品を作りたいと思っていたなあということを思い出した。カメラを回したまま移動して、ストップかけて、というのはウォン・カーウァイ監督のまねですね。ハイスピードは『花様年華』(2000年)を見直して、あ、使おうと思いました」と話すが、坂本監督個人としては、ウォン監督よりもエドワード・ヤン作品の方が好きだった。音楽がないといったところはエドワード・ヤン監督の受け売りだと打ち明ける。

 ただあくまでも欲のない坂本監督にとって、映画づくりは形にして残しておこうという気持ちの表れに過ぎない。「日記を書くみたいに映画を作るというのが僕のやり方かな、という思いがあって、それがずっと続いている」と言う。

「映画は見てもらって完成だというのは僕も認識しています。ただ何かメッセージがあるだろう、とか、発信したいものは、とか問われると、何かぽかーんとしてしまう。僕の映画づくりというのは、今回の夫婦のブログのように、誰かが生み出したものにどうやって自分を乗っけられるかという作業なのかもしれませんね」

◆坂本礼(さかもと・れい)

1973年生まれ。東京都出身。にっかつ芸術学院在学中から瀬々敬久監督作品に助監督として参加。瀬々監督、サトウトシキ監督らに師事した後、1999年に「セックス・フレンド 濡れざかり」で監督デビュー。主な作品に「いくつになってもやりたい不倫」(2009年)、「乃梨子の場合」(2015年)、「夢の女 ユメノヒト」(2016年)などがある。またプロデューサーとして「間借り屋の恋」(2022年、増田嵩虎監督)、「天国か、ここ?」(2023年、いまおかしんじ監督)などを手がけるほか、京都芸術大学の専任講師として後進の指導にも当たっている。

◆二人静か(2023年/日本/103分)

監督:坂本礼 脚本:中野太

企画:朝倉庄助 エグゼクティブプロデューサー:田尻裕司、田尻正子 プロデューサー:坂本礼、寺脇研、森田一人 撮影:鏡早智 録音:菅沼緯馳郎 編集:蛭田智子 サンドデザイン:弥栄裕樹 仕上げ:田巻源太 衣装:鎌田英子 製作:冒険王株式会社、国映株式会社 制作:国映映画研究部 配給:株式会社インターフィルム

出演:西山真来、水澤紳吾、ぎぃ子、裕菜、伊藤清美、佐野和宏、川瀬陽太、小林リュージュ

2023年11月4日(土)から、東京・新宿のK’s cinemaなどで順次公開

「形にして残しておこうという感じで映画を作っている」と話す坂本礼監督=2023年10月24日、東京都千代田区(藤井克郎撮影)

「形にして残しておこうという感じで映画を作っている」と話す坂本礼監督=2023年10月24日、東京都千代田区(藤井克郎撮影)

坂本礼監督作品「二人静か」から。涼子(左、西山真来)は莉奈(ぎぃ子)との交流を深めていくが…… ©坂本礼

坂本礼監督作品「二人静か」から。5年前に娘が行方不明になった雅之(右、水澤紳吾)と涼子(西山真来)の夫婦は…… ©坂本礼