第199夜「ジョージア、白い橋のカフェで逢いましょう」アレクサンドレ・コベリゼ監督
コーカサス地方の小国、ジョージアが映画王国だと教えてくれたのは、東京・神保町にあった老舗映画館の岩波ホールだった。ギオルギ・シェンゲラヤ監督の「ピロスマニ」(1969年)をはじめ、テンギズ・アブラゼやオタール・イオセリアーニといった巨匠の名作が次々と日本で紹介され、2018年、2022年と2度にわたって旧ソ連時代からの貴重な作品をそろえたジョージア映画祭が開催されたのも岩波ホールのおかげだ。
だから2022年7月に同劇場が惜しまれつつも閉館したことで、もうジョージア映画に触れることはできないのではないかと身構えたのだが、あなうれしや、1984年生まれと若いアレクサンドレ・コベリゼ監督の新作がお目見えする。しかもこの「ジョージア、白い橋のカフェで逢いましょう」は思いっきり先鋭的で、でもどこか心が癒やされるほんわか系の極上の恋愛映画に仕上がっていて、映画王国の伝統と革新性が息づいていることを知らしめてくれた。
冒頭からして、めちゃくちゃスタイリッシュだ。ジョージア西部の古都クタイシの街角で、ある朝、通勤途中のリザとギオルギが出くわす。リザが落とした本をギオルギが拾い上げ、リザに手渡すだけのたった数秒間の出会いで、カメラは2人の足元だけを映して、お互いの顔はわからない。
ところがその晩、帰り道で2人は再会する。今度は遠くから暗闇の街角を捉えた固定カメラでの映像で、やはりその表情はうかがえない。2人は偶然の出来事に驚き、翌日に白い橋を望む川沿いのカフェで落ち合う約束をするが、その夜、街を一陣の風が吹き抜け、邪悪な呪いがリザにかかったことを知らせるのだ。
この導入部だけで、もうわくわくが止まらないが、次のステップがまた何とも破天荒というか、超個性的というか。字幕で「チャイムが鳴るまで目を閉じて」と指示され、目を開けると、リザもギオルギも外見が全くの別人に変わっている。それどころか仕事の知識も得意なスポーツも変わってしまっていて、待ち合わせのカフェに行ってもお互いに気がつかない。ずっと待ちぼうけの物語が展開されていく、というのが、この作品の大筋だ。
そう、つまり大人のおとぎ話なんだけど、リザはこのカフェでアルバイトを始め、ギオルギはカフェのオーナーに頼まれて風変わりな仕事を手伝う。道行く人に鉄棒にぶら下がってもらうというこの仕事にどんな意味があるのかよくわからないし、しかも世の中はサッカーW杯の真っ最中で、犬たちがその中継を楽しみにしているという描写がたびたび出てくるんだけど、やっぱり何か言外の意味があるのだろうか。
どれもこれもどこかほんわかとしたエピソードばかりだが、その空気感を醸し出しているのが映画全体を貫く遊び心満点の絵づくりだろう。カメラはズームイン、ズームアウトにパンを繰り出し、われわれ見る側の視線を画面の隅々にいざなう。こうして眺める街の風景には、サッカーに興じている子どもたちにカフェや公園でくつろぐ若者など、クタイシに暮らすごく普通の人々の穏やかな表情がクロースアップで映り込む。
カット割りを抑え気味にして余韻を感じさせる映像からは、平和でのんびりとした雰囲気が漂うが、一方で「残虐な時代」といったナレーションで、この国やこの街がたどってきた悲劇にも言及する。サッカーW杯で盛り上がる平穏な一瞬一瞬は、つらく悲しい歴史の上に成り立っていて、リザとギオルギの身に降りかかった邪悪な呪いも、そんな負の遺産と無関係ではないのかもしれない。ジョージアは2008年にはロシアとの間で紛争が勃発し、日本での国名呼称もかつてのロシア語読みのグルジアから同国の要請で英語読みのジョージアに変更している。ファンタジー性あふれる作品とは言え、激動のジョージアで生まれ育ったコベリゼ監督にとって、歴史に頬かむりをすることは許せなかったに違いない。
この作品は2021年の第71回ベルリン国際映画祭に選出され、国際映画批評家連盟賞を受賞したほか、同年の第22回東京フィルメックスでは最優秀作品賞と学生審査員賞に輝いている。こうして劇場公開されることで、豊かで奥深いジョージア映画の系譜が途切れることなく味わえるとは、本当に喜ばしい。(藤井克郎)
2023年4月7日(金)から、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿ピカデリー、アップリンク吉祥寺など、全国で順次公開。
© DFFB, Sakdoc Film, New Matter Films, rbb, Alexandre Koberidze
アレクサンドレ・コベリゼ監督のドイツ、ジョージア合作映画「ジョージア、白い橋のカフェで逢いましょう」から。古都クタイシを舞台に、風変わりながら何ともいとおしい恋物語が展開する © DFFB, Sakdoc Film, New Matter Films, rbb, Alexandre Koberidze
アレクサンドレ・コベリゼ監督のドイツ、ジョージア合作映画「ジョージア、白い橋のカフェで逢いましょう」から。ある朝、リザとギオルギは運命的な出会いをする © DFFB, Sakdoc Film, New Matter Films, rbb, Alexandre Koberidze