第189夜「エンドロールのつづき」パン・ナリン監督
映画が映る仕組みを知ったのはいつのころだったろう。動く映像ということではテレビだって物心ついたときからあったし、両者の違いを意識したのはだいぶ大きくなってからのような気がする。ただ夏休みに小学校で開かれた上映会で、背後に設置された映写機がカタカタカタと心地よいリズムを刻んでいたのは、何となく気になった。
インド西部のグジャラート州を舞台にした「エンドロールのつづき」は、映画の不思議に魅せられた少年が、自らの手で上映すべくさまざまな創意を施していく作品で、同州出身のパン・ナリン監督が、フィルム映写の原理と現状を映画愛にあふれた表現で紡いでいる。
チャララという小さな町に住む9歳のサマイ(バヴィン・ラバリ)は、駅のホームでチャイ店を開いている父親(ディペン・ラヴァル)を手伝って、列車が駅に到着するたびに乗客に声をかけてはチャイを売っていた。カースト制度で最上位のバラモン階級の家柄にこだわる父親は、映画は低俗なものとして子どもたちに禁じていたが、信仰するカーリー女神の映画だけは特別だと、一家で街の映画館に見にいく。映写機からスクリーンに伸びる光の線にいっぺんに心を奪われたサマイは、その後も父親に黙って映画館を訪れ、母親(リチャー・ミーナー)の弁当との交換で映写室に潜り込ませてもらうようになる。
フィルムをこよなく愛する映写技師のファザル(バヴェーシュ・シュリマリ)とサマイ少年との交流は、映画館を舞台にした映画の金字塔「ニュー・シネマ・パラダイス」(1988年、ジュゼッペ・トルナトーレ監督)を彷彿とさせるが、サマイはやがて自分でも映画を上映したいという欲求が芽生える。その方法を研究していく過程が、この作品の肝だ。
色ガラスを通して見ればありきたりの風景にも変化が出るし、オートバイのハンドルだけを握った子どもの背後をほかの子たちが枝を持って後ろ向きに走れば、まるでオートバイが疾駆しているように見える。光源をどう確保するかを含め、すべて子どもたちで工夫して身につけていく経緯を、せりふではなく映像で表現するところに、ナリン監督が映画の根本を大切に思っている姿勢が伝わってきて、じんわりと心に染みる。
こうしていざフィルムを映写しようとしたサマイだが、なぜかスクリーンにうまく映し出されない。映画は単にフィルムを回せばいいわけではなく、1枚1枚シャッターで閉じることで、目の錯覚で動いているように見える仕掛けになっている。その原理を知ったサマイが編み出した方法がまた原初的で、身近なものを利用して実に鮮やかに映画上映の根本を再現する。カーボン棒の光源とともに、まさに映画の原点に触れるような描写で、もし将来、フィルムによる映写が途絶えてしまったとしても、この作品を見れば一目瞭然だし、しかも娯楽要素もたっぷりでわくわく感が止まらない。
さらに言えば、サマイ少年がチャイを売り歩く駅のホームは、明らかにリュミエール兄弟の伝説の作品「ラ・シオタ駅への列車の到着」(1895年)へのオマージュだし、映画以前に写真を動かそうと模索したエドワード・マイブリッジをはじめ、先駆者への敬意が目いっぱいに込められている。日本の勅使河原宏や小津安二郎、黒澤明を含む古今東西の巨匠、名匠の名前の列挙はちょっとやり過ぎの感がなきにしもあらずだが、いや、ナリン監督、いったいどこまで映画が好きなんだ。
一方で、母親の手作り料理を俯瞰でじっくりと見せたり、ライオンやシカ、フクロウといった野生の生物を登場させたりと、グジャラート州の豊かな文化、自然の魅力も極上の映像で織り込む。ガンジーの出身地というせりふもあって、故郷の誇りも観客の目に焼きつけたいという監督の思いがにじむ。
やがてこの町にもデジタル化の波が押し寄せて、映画館からフィルム映写機が消えていく。廃棄された映写機やフィルムはどのような運命をたどるのか。その結末は、でも決して悲劇的には描かれない。サマイが線路脇で拾った色ガラスと呼応するかのように、未来も色鮮やかな世界が待っている。たとえフィルムがなくなっても、映画がなくなることは断じてない。そんなナリン監督の心の声が、ぐっと胸に迫ってきた。(藤井克郎)
2023年1月20日(金)から、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋など全国で順次公開。
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インド、フランス合作のパン・ナリン監督作品「エンドロールのつづき」から。映写機の光に魅せられたサマイ(バヴィン・ラバリ)は…… ALL RIGHTS RESERVED ©2022. CHHELLO SHOW LLP
インド、フランス合作のパン・ナリン監督作品「エンドロールのつづき」から。サマイたちは何とか子どもたちで映画を上映しようと試みる ALL RIGHTS RESERVED ©2022. CHHELLO SHOW LLP