第168夜「みんなのヴァカンス」ギヨーム・ブラック監督

 フランスのコメディー映画は当たらない。そんな定説があるらしいと知ったのは、もう20年以上も前のことだ。教えてくれた配給会社は、未開の地からパリに出てきた少年が主人公の作品を宣伝するに当たり、笑いの要素をなるべく背後に隠し、ポスターも場面写真の代わりにかわいいイラストをあしらって、若い女性へのアピールに努めた。この涙ぐましい戦略のおかげか、女の子向けの雑誌で次々に紹介されたと、担当者はうれしそうに話してくれたものだ。

 確かにイギリスやアメリカでは、チャップリンにキートン、ロイド、マルクス兄弟にローレル&ハーディと、伝統的に喜劇役者の系譜がある。最近でも「ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!」(2007年、エドガー・ライト監督)や、「ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」(2009年、トッド・フィリップス監督)など話題を呼んだコメディー作品は枚挙にいとまがないが、フランス映画となるとすぐには思い浮かばない。喜劇を得意とするパトリス・ルコント監督も、日本で受けたのは「髪結いの亭主」(1990年)などの官能作品だった。

「みんなのヴァカンス」も、いただいたプレス資料には全くと言っていいほどコメディーの表記がない。唯一、テレラマというフランスのカルチャー誌の映画評として「陽気でメランコリックな新作コメディー」と書かれているくらいだが、いやいや、こんなにもおかしくて笑える肩の凝らない作品ってそんなにないでしょ、というのが当方の感想だ。

 ある夏の夜、パリのセーヌ河畔で、フェリックス(エリック・ナンチュアング)はアルマ(アスマ・メサウデンヌ)と恋に落ちる。翌朝、家族とともに南フランスにヴァカンスに旅立ったアルマを追って、フェリックスは親友のシェリフ(サリフ・シセ)と一緒にキャンプに出かけることを思いつく。旅の足は、相乗りアプリで見つけたエドゥアール(エドゥアール・シュルピス)という青年の車だ。てっきり女の子が来るものと思っていたエドゥアールは、むくつけき男2人が同乗すると知って露骨に嫌がるが、口の達者なフェリックスに言い負かされてしまう。かくしてアルマの家族が夏休みを過ごしている川っぺりのリゾート地に向けて、男3人の珍道中が始まる。

 この3人のキャラクターがはっきりしているというのが、笑いに拍車をかける。自分勝手でお調子者のフェリックスに、気弱だけど偏屈なエドゥアール、そして図体はでかいが気の優しいシェリフと、3人の個性がぶつかり合う様が何とも楽しい。エドゥアールは2人をキャンプ場に送ったら、すぐに別れて自分の家族に合流する予定だった。だがフェリックスがどうしてもアルマに会いたいと言って寄り道した田舎町で事故を起こし、修理のためにしばらく足止めを食らう。わがままなフェリックスは自分のテントを独占し、エドゥアールはいびきのうるさい太っちょのシェリフと同じテントに寝泊まりするはめになる……。

 とまあ、こんな笑いは序の口で、この3人にアルマの家族やら、赤ん坊を連れた若い母親やら、アルマのけがの手当てをしたいけ好かない青年たちやらが絡み合って、抱腹絶倒の、でもどこかほんわかとした喜劇が繰り広げられる。しかもさんざんフェリックスに振り回されてぶちぶち文句を言っていたエドゥアールは、フェリックスに攻撃的な輩には身を挺してかばうし、中耳炎で水遊びもできないどんくさいシェリフは、赤ん坊に異常に懐かれるうちに母親といい仲になってくるし、登場人物がみんないとおしく描かれていて、ちっとも嫌みがない。酔いの回ったカラオケの場面なんて、恐らく台本にはない役者の素の部分を巧みに引き出しているんだろうなというのが伝わってきて、無名の彼らの実在までいとおしく感じられた。

 プレス資料によると、出演者はフランス国立高等演劇学校の学生たちで、ほとんどの学生はこれが初めての映画だったという。ギヨーム・ブラック監督が同校の校長からの依頼を受けて、それぞれの学生の経歴や個性をもとに脚本を練り上げていったそうで、道理でキャラクターの造形がしっくりいっているわけだ。

 配役の妙という点で言うと、フェリックスとシェリフを演じる2人は黒人なんだけど、特に人種や移民の問題に触れる描写はない。ただ笑いの背後には、どうしてもフランスが現在置かれている社会状況がちらちらと見え隠れしているし、恋のさや当ても今日的な風合いをまとっている。

 ブラック監督は、そんな重層的な物語を無理やり帰結させることなく、どこか宙ぶらりんのままにしておくんだよね。宙ぶらりんなんだけど、でも後味は決して悪くない。これまで全く知らなかった監督だけど、「みんなのヴァカンス」公開を機に、上映館のユーロスペースでは過去作の特集上映も行われる。ドキュメンタリーもあるみたいだし、コメディー以外の魅力にも触れることができるかもしれないね。(藤井克郎)

 2022年8月20日(土)からユーロスペースなど全国で順次公開。

ⓒ2020 – Geko Films – ARTE France

ギヨーム・ブラック監督のフランス映画「みんなのヴァカンス」から。シェリフ(右、サリフ・シセ)は、赤ん坊連れの人妻と急接近する…… ⓒ2020 – Geko Films – ARTE France

ギヨーム・ブラック監督のフランス映画「みんなのヴァカンス」から。ヴァカンスに来たフェリックス(左、エリック・ナンチュアング)、シェリフ(中央、サリフ・シセ)、エドゥアール(エドゥアール・シュルピス)の3人は…… ⓒ2020 – Geko Films – ARTE France