第166夜 「とら男」村山和也監督

 本人が自分自身を演じる、などと言うと、テレビのバラエティー番組の再現フィルムを思い浮かべる人も多いかもしれない。素人のちょっとした小芝居といったイメージがあるが、中には国際的な映画祭で注目を浴びるほどの映画になっているものもある。

 例えばボスニア・ヘルツェゴビナのダニス・タノヴィッチ監督作「鉄くず拾いの物語」(2013年)なんて、鉄くず拾いで糊口をしのいでいるある家族が、保険証がないために手術を受けられなかったという実際に起きた出来事を、当の家族が演じて再現している作品で、ベルリン国際映画祭で銀熊賞の審査員グランプリを受賞したほか、主役のナジフ・ムジチが主演男優賞を獲得しているほどだ。タノヴィッチ監督が来日したときに取材したが、「自然な姿を撮ったまでで、私がやったことと言えば、居心地のいい空間を作るだけだった」と語っていたのが思い出される。

 1982年生まれの村山和也監督が手がけた「とら男」も、演技経験ゼロの元刑事が自分自身の役を演じている。西村虎男さんは元石川県警の刑事で、1992年に起きた「金沢女性スイミングコーチ殺人事件」の捜査を最後に、42年にわたる警察人生にピリオドを打った。この殺人事件は未解決のまま、2007年に時効が成立。無念の思いを電子書籍「千穂ちゃん、ごめん!」にしたためるなど、現在は農園で野菜作りをしながら執筆活動をしている。

 映画は、この西村さんが、引退した元刑事の西村虎男本人役として主演している。ある晩、金沢市内の居酒屋で飲んでいた虎男は、東京から植物調査で来ていた大学生のかや子(加藤才紀子)と知り合う。かや子が落葉樹のメタセコイアのことを調べていると聞き、虎男の記憶が呼び覚まされる。メタセコイアは、虎男が捜査を担当しながら迷宮入りした「金沢女性スイミングコーチ殺人事件」の重要な手掛かりだった。

 こうして高齢の虎男が若いかや子とともに、もう一度事件の洗い出しを始める、というのはフィクションなのだが、西村さんが引退後の虎男をそのまんま演じているから、異様なくらいリアリティーがある。かや子を相棒にして、事件の関係者一人一人を訪ね歩き、飾り気のない金沢弁で訥々と話しかける。聞き込みの相手も自然な金沢弁で応じているのだが、現実の事件関係者なのか仕込まれた素人なのかは判然としない。

 実際に事件を担当した元刑事が、被害者の関係者や家族に会いにいく場面をカメラで捉える、というのは紛れもなくドキュメンタリーなんだけど、ここにかや子役の加藤才紀子が同席しているというのが何とも不思議な空気感を醸し出す。思うに、かや子は村山監督の分身であり、事件の真実を知りたいという監督自身の好奇心を演じる加藤に託して自由に質問をさせ、そのリアクションをカメラですくい取ることによって浮かび上がってくる何かを、映像に刻み込ませようとしたのではないか。ニューヨーク市立大学在学中に映画制作を始めたという村山監督だが、初の長編映画で何ともとてつもない実験に挑んだものだ。

 驚きと言えば、映画は虎男が推理する犯人像にまで踏み込んでいる。まだ30年前に起きた未解決事件で、当時のことを知る関係者も大勢いる中でのこの大胆な展開には、あっけに取られるばかりだ。事件そのものを再現したパート(もちろん演じているのは本人たちではない)はサスペンスタッチでスリル満点だし、末恐ろしい映画作家の出現を目の当たりにした感がある。

 それに何より、自分自身を演じた西村さんの存在感と言ったら、さすが42年の警察人生の重みはだてではない。クローズアップを多用するのも納得の説得力ある表情で、「鉄くず拾いの物語」のナジフに匹敵するくらいの主演男優賞ものだ。好き嫌いを超越して、とにかく無視できない映画であるということは間違いない。(藤井克郎)

 2022年8月6日(土)から、渋谷ユーロスペースなど全国で順次公開。

©「とら男」製作委員会

村山和也監督作「とら男」から。元石川県警の刑事、西村虎男さんが本人役を演じ、未解決事件の真相に迫る ©「とら男」製作委員会

村山和也監督作「とら男」から。元刑事の虎男(右、西村虎男)は、大学生のかや子(加藤才紀子)と未解決事件の洗い出しを始める ©「とら男」製作委員会