第163夜 「キャメラを止めるな!」ミシェル・アザナヴィシウス監督

 日本映画が海外でリメイクされるというのは、黒澤明監督の「七人の侍」(1954年)を翻案した「荒野の七人」(1960年、ジョン・スタージェス監督)をはじめ、それほど珍しいことではないが、これはかなりの快挙だろう。何しろワークショップで集まった無名俳優たちの出演で、わずか2館のミニシアターからスタートした低予算映画が、アカデミー賞を受賞したほどの名匠の手によってリメイクされ、2022年5月、世界のカンヌ国際映画祭のオープニングを飾ったのだから、立身出世も甚だしい。しかもこのリメイク作品、オリジナルの日本版への深いリスペクトとパロディー精神にあふれていて、大笑いしながらも、ちょっとうるっとしてしまった。

「キャメラを止めるな!」は、基になった「カメラを止めるな!」(2017年、上田慎一郎監督)を、作品の構造までそっくりそのまま再現したフランス映画だ。それどころか、劇中劇として冒頭に流れる30分ワンカットの生放送映画自体、日本で大ヒットした企画のリメイクという設定になっている。まさにオリジナルにオマージュを捧げ尽くした作品と言える。

「早い、安い、質はそこそこ」が売りの映像作家、レミー(ロマン・デュリス)の元に、ある映画の依頼が舞い込む。日本で大ヒットした作品のリメイクを30分ワンカットで撮影し、映画専門のチャンネルで生放送するというものだった。

 現場を無視したとんでもない企画に気乗りのしないレミーだったが、普段は企業の㏚ビデオくらいしか仕事がない。元女優の妻、ナディア(ベレニス・ベジョ)や映画監督志望の娘、ロミー(シモン・アザナヴィシウス)にもいいところを見せようと、この無茶な依頼を引き受ける。だが集まった俳優は一癖も二癖もある連中で、主役を演じるラファエル(フィネガン・オールドフィールド)はやたら理屈っぽく、女優役のアヴァ(マチルダ・ルッツ)はわがままし放題。おまけに日本側プロデューサーのマダム・マツダ(竹原芳子)からは、役名を日本人の名前にするようにという要求を突きつけられる。

 それでも何とかキャスト、スタッフをなだめすかして本番当日まで漕ぎつけるが、撮影直前に監督役とヘアメイク役の俳優が交通事故に遭い、出演が不可能になってしまう。生放送の開始まで、もう時間がない。果たしてレミーは無事に30分ワンカット映画を撮り終えることができるのか。

 という流れはほぼ日本版「カメラを止めるな!」と同じで、冒頭にそのトラブル続きのワンカット映画をすべて見せ切るという仕掛けも変わらない。この劇中劇の第1部は日本版以上に不自然な部分が多く、オリジナルを知らない人が見たら、何たる駄作、と感じることだろう。

 だがそのおかしな箇所一つ一つがものの見事に回収されていって、しかも誰にでも分かりやすい見せ方になっている。なるほど、カンヌのオープニング作品もうなずける大衆性だ。日本版の第1部はかなり恐怖度が高かった気がするが、こちらは恐怖よりも笑いの要素が強く、これもまたフランス流なのかもしれないね。

 ミシェル・アザナヴィシウス監督は、サイレント映画の「アーティスト」(2011年)でアカデミー賞の作品賞、監督賞はじめ5部門を受賞するなど、フランスの内外で高い評価を得ており、そんな名監督がこのリメイクに挑んだというのも驚きだ。音楽を手がけたのも、「グランド・ブダペスト・ホテル」(2014年、ウェス・アンダーソン監督)や「シェイプ・オブ・ウォーター」(2017年、ギレルモ・デル・トロ監督)といった名作で知られるアレクサンドル・デスプラだし、主役は「ガッジョ・ディーロ」(1997年、トニー・ガトリフ監督)、「スパニッシュ・アパートメント」(2002年、セドリック・クラピッシュ監督)のロマン・デュリスと、アザナヴィシウス監督の妻で「アーティスト」にも出演しているほか、「ある過去の行方」(2013年、アスガー・ファルハディ監督)ではカンヌ国際映画祭の女優賞を受賞しているベレニス・ベジョ、と贅沢なことこの上ない。

 そんな豪華布陣の中に入って、日本人キャストとして大いに個性を発揮しているのが、プロデューサー役の竹原芳子だ。日本版オリジナルでもやはりプロデューサー役として出演し、ほんのちょっとの出番ながら大いに目立っていたが、今度の方が登場回数は多く、日本との結びつきを象徴する重要な役どころになっている。

 どんぐりの芸名で活動していた2018年にインタビュー取材をしたことがあるが、もともと証券会社の営業職や裁判所の臨時事務官として働いていたところ、50歳を過ぎて一念発起。吉本興業のお笑いタレント養成所であるNSCに入って一から研鑽を積んだという超遅咲きの頑張り屋だ。ワークショップから参加した「カメラを止めるな!」で一躍、脚光を浴びることになったが、「諦めている人、多いでしょ。でも何かやりたいと思ったら、絶対に自分の心に従ってやった方がいい。何が起こるか分からないし、私もまさかレッドカーペットを歩けるとか思ってもいなかったですからね」と話してくれた。

 それが今度は、フランス映画の出演者としてカンヌのレッドカーペットを踏みしめた。まさに人生、何が起こるか分からない。(藤井克郎)

 2022年7月15日(金)、全国公開。

© 2021 – GETAWAY FILMS – LA CLASSE AMERICAINE – SK GLOBAL ENTERTAINMENT – FRANCE 2 CINÉMA – GAGA CORPORATION

ミシェル・アザナヴィシウス監督のフランス映画「キャメラを止めるな!」から。 映像作家のレミー(中央、ロマン・デュリス)は、30分ワンカット生放送の映画づくりに挑むが…… © 2021 – GETAWAY FILMS – LA CLASSE AMERICAINE – SK GLOBAL ENTERTAINMENT – FRANCE 2 CINÉMA – GAGA CORPORATION

ミシェル・アザナヴィシウス監督のフランス映画「キャメラを止めるな!」から。オリジナル日本版出演者の竹原芳子(中央)も、プロデューサー役で登場する © 2021 – GETAWAY FILMS – LA CLASSE AMERICAINE – SK GLOBAL ENTERTAINMENT – FRANCE 2 CINÉMA – GAGA CORPORATION