利益が作り手に還元される仕組みを 映像配信プラットフォーム「Roadstead」がこの夏オープン

 作品を鑑賞した分だけ作り手にも還元される。そんな当たり前のことながら、これまでの映画業界では成し得なかった流通システムが、今年2022年の夏にもスタートする。ITベンチャー企業のねこじゃらし(本社・東京都中央区)が新たに開発した映像配信プラットフォーム「Roadstead(ロードステッド)」は、作品の権利者が利益配分をコントロールし、利用者は視聴するだけでなく、さらにほかの利用者に販売することもできるという画期的なサービスだ。同社の川村岬代表は「われわれは既存の仕組みを破壊したいわけではない。新しい流通を作り出すことで、この仕組みに合わせた新しい作品が出てくると思う」と期待感をにじませる。(藤井克郎)

あらゆる船が安全に投錨できる港

 Roadsteadは、ブロックチェーン技術とDRM技術を活用することで、安全に作品を鑑賞、展示、販売できる世界初の映像配信プラットフォームだという。IT に疎い当方にとってはまるでちんぷんかんぷんだが、6月8日(水)に川村さんが出席して新サービスの説明会が開かれるというので、さっそく東京・築地の会場をのぞいてきた。

 そもそもブロックチェーンとは何ぞや、というところからだったが、一言で言うと改竄できない分散型台帳のことだそうで、ブロックチェーンでデータを管理すれば他者から勝手に改変されることなく、安全に保管することができるらしい。ただ川村さんによると、ブロックチェーンに記録されるのは、このコンテンツはこの人が所有しているという事実だけで、いわば土地の権利書のようなもの。作品自体が保護されているわけではない。

 そこでもう一つのDRM技術なのだが、Digital Rights Management(著作権保護)の略で、コンテンツそのものを暗号化して、正しい利用者でなければ鍵を開けることができない仕組みになっている。さらに権利者以外は複製も改変もできず、だからよからぬ視聴者が勝手に改竄して販売することはあり得ない。すべての流通を権利者がコントロールできるというわけだ。ねこじゃらしは、この技術の世界トップ企業である米シリコンバレーのIntertrust Technologies Corporationとパートナー契約を結び、確実に安全な環境を構築した。

 これらの技術を活用したRoadsteadを利用すると、作り手はどのように映像作品を流通することができるのか。まず出品者は自分で価格や利益配分、さらには視聴者がどのように販売できるかを決め、ブロックチェーンに記録。正しい権利者である作り手から許諾を受けた正しい利用者である視聴者だけが購入し、鑑賞、展示のほか、他者に販売することも可能だが、勝手に複製したり改変したりはできない。つまり作品の内容や作り手の権利が完全に保護された状態で、どこまでも拡散されることもあり得るし、作り手はその都度、視聴料金を受け取ることができるというわけだ。ちなみにRoadsteadとは英語で「停泊地」という意味で、あらゆる船が安全に投錨できる港のような存在になりたいとの願いで名付けられた。

家族や友人を招待できるシアター機能も

「デジタルデータはオリジナルと複製との区別がつかず、簡単にコピーされて海賊版が横行し、ファスト映画など違法の切り取りで改変が起こりやすかった。なかなか手を打てない状況だったが、ブロックチェーンとDRMの技術を活用すれば、クリエイターの権利を配信、流通の段階でも保護することができる。従来のWeb2.0時代の配信プラットフォームが作り手から受け手への一方通行だったのに対し、Roadsteadは受け手が積極的に流通に関わることもでき、言わばWeb 3.0時代のプラットフォームだと言えます」と川村さんは強調する。

 Roadsteadを活用した上映形態としては、作品を購入し、鑑賞して楽しむだけのマーケットに加え、購入した作品をデジタルサイネージに飾るなどして鑑賞するギャラリー、さらに購入した作品のオンライン上映会を開いて家族や友人を招待することができるシアターの3つの機能を予定している。

「入場料を取って自主上映会のようなこともできると思う。DRMが掛かっていてほかの目的には流用できないから、安全性は保障されています」と語る川村さんは「私は完全にIT の人間で、エンターテインメントに関しては知識がない」と言いながら、映画ビジネスにも積極的に取り組んできた。

人々をもっとクリエイティブに

「ドライブ・マイ・カー」「偶然と想像」の濱口竜介監督とは高校、大学の同級生で、若い頃は濱口監督の自主制作を手伝ったり、映画の撮影に自宅を貸したりしたこともあったという。3年くらい前からは映画製作にも乗り出し、黒沢清監督の「スパイの妻」に共同で出資したのを皮切りに、濱口監督の「ドライブ・マイ・カー」などに参画。クラウドファンディングを手掛けるMOTION GALLERY(本社・東京都中央区)などとともに設立した有限責任事業組合Inclineは、2022年1月に東京・下北沢駅前にミニシアター「K2」を開館するなど、幅広く映画と関わってきた。

 そんな中で特に大切にしてきたのが、クリエイターの権利を守るということだった。ねこじゃらしは、「クラウドで人々をもっとクリエイティブに」というミッションを掲げており、たくさんの人々が安心して映像作品を発表できる場を作りたいという思いから、今回の画期的なプラットフォームの開発につなげた。

「今、神奈川県のいくつかのミニシアターと共同で、われわれの配信サービスを使って劇場に映画を流すという実証実験をやっているが、Roadsteadを利用して映画館が作品を買って映画館で見せるということも可能だと思う。いろんな使い方ができるかなという気がしています」と夢を膨らませていた。

Roadsteadの発表に臨む川村岬代表=2022年6月8日、東京都中央区(藤井克郎撮影)

Roadsteadの説明会は、ねこじゃらしの本社が入るビルのイベントスペースで開かれた(ねこじゃらし提供)