第149夜 「ふたつの部屋、ふたりの暮らし」フィリッポ・メネゲッティ監督

 第94回アカデミー賞で、濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」が国際長編映画賞に輝いた。残念ながら作品賞の獲得はかなわなかったものの、大変な栄誉であることには間違いない。ここ数年の同賞受賞作を見ても、トマス・ヴィンターベア、ポン・ジュノ、アルフォンソ・キュアロン、アスガー・ファルハディ、ミヒャエル・ハネケと錚々たる世界の名匠が名を連ねていて、濱口監督もその仲間入りを果たしたことになり、喜ばしい限りだ。

 ただ、日本映画では「おくりびと」(2008年、滝田洋二郎監督)以来13年ぶりの快挙、との報道には少々、うんざりした思いにさせられた。オリンピックでも盛んに「日本人では〇年ぶりのメダル」などと報じられていたが、もうそろそろこの手の言い回しはやめてもいいのではないか。特に映画は国を代表して作っているものではないし、国からの援助などほとんどないのが実情だ。ましてや「ドライブ・マイ・カー」は異文化間のコミュニケーションがテーマの一つでもあり、その意外性のある表現に世界が注目したという側面もある。日本映画だから、などとこだわっていては、時代から取り残されてしまう。

 世界ではもはや国際共同制作は当たり前。さまざまな文化的背景を持った人々があちらこちらから集まってきて、素晴らしい作品を生み出そうと力を合わせている。

 フランス、ルクセンブルク、ベルギー合作の「ふたつの部屋、ふたりの暮らし」は、南フランスのモンペリエを舞台に、フランス語でせりふが交わされる作品だが、手がけたのはイタリア出身のフィリッポ・メネゲッティ監督で、主役をドイツ人ベテラン女優のバルバラ・スコヴァが演じている。驚くのは、メネゲッティ監督にとってはこれが長編第1作で、しかもフランス映画界の最高栄誉であるセザール賞の新人監督賞を受賞したほか、アカデミー賞国際長編映画賞のフランス代表にも選ばれている。そう、今や国籍や出身地で映画を語る時代ではないのだ。

 作品自体も、サスペンスにLGBTQ(性的少数者)に純粋な愛と多彩な要素がぎっしりと織り込まれていて、心をわしづかみにされるものすごい映画に仕上がっている。

 アパートの最上階に1人で暮らすドイツ人女性のニナ(バルバラ・スコヴァ)は、エレベーターホールを挟んで向かい合った部屋に住むマドレーヌ(マルティーヌ・シュヴァリエ)と相思相愛の間柄だった。すでに夫に先立たれ、2人の子どもも独立しているマドレーヌと一緒に、思い出の地のローマに移り住む計画を立てていたが、マドレーヌはなかなか子どもたちに言い出せない。ニナはいらいらを募らせるが、そんなある日、マドレーヌが脳卒中で倒れ、救急車で運ばれる。

 マドレーヌの子どもたちを含め、周囲からは単なる隣人としか見られないニナが、病に伏したマドレーヌとどうしたら会うことができるのか。はらはらどきどきのサスペンスが、ここから一挙に噴き上がるのだが、この辺りの描写が何とも不気味で、ぞわぞわっとする。

 退院したものの、車いすに座ったまま無反応のマドレーヌを、娘のアンヌ(レア・ドリュッケール)は家政婦のミュリエル(ミュリエル・ベネゼラフ)を雇って世話させる。何とかしてマドレーヌに近づきたいニナは、自室のドアののぞき穴から向かいをじっと見つめるが、その表情は鳥肌が立つほどぞっとする。ほかにもまるでストーカーまがいのニナの行動は予測不能で、手に汗握る緊迫した場面が次から次へと現れる。

 とにかくニナの必死さが痛いほど伝わってくるのだが、恐怖とともに強く感じるのが彼女の愛の深さだ。思い切ってマドレーヌのベッドに忍び込んで添い寝をするところなど、募る思いが届かないことへの焦りと、後先を考えられない浅はかさと、そんないろんな表層が一瞬の映像に凝縮されていて、これが初長編とは思えないメネゲッティ監督の確かな力量を感じた。

 アパートの内装も、何にもないがらんとしたニナの部屋に対して、マドレーヌの方は家族の思い出の品がいっぱいあって対照的だが、でもどこか空虚さが漂い、家族がいても孤独だったマドレーヌの心情が巧みに表現されている。その2つの部屋を見つめるカメラの目線がまた素晴らしく、奥行きを目いっぱいに感じさせて、手前と奥にいる人物を対比させる。

 さらに秀逸なのが音楽の使い方だ。2人の思い出の曲として1960年代のヒットポップス「愛のシャリオ」が流れるが、耳になじみのある陽気なメロディーが、実に物悲しく心に響く。こんなにも怖いのに、2人の純粋な愛の行方に大いに魂を揺さぶられた。やっぱりいい映画って、国境は関係ないんだね。(藤井克郎)

 2022年4月8日(金)から、シネスイッチ銀座などで順次公開。

© PAPRIKA FILMS / TARANTULA / ARTÉMIS PRODUCTIONS – 2019

フランス、ルクセンブルク、ベルギー合作映画「ふたつの部屋、ふたりの暮らし」から。 愛し合うニナ(右、バルバラ・スコヴァ)とマドレーヌ(マルティーヌ・シュヴァリエ)の2人は…… © PAPRIKA FILMS / TARANTULA / ARTÉMIS PRODUCTIONS – 2019

フランス、ルクセンブルク、ベルギー合作映画「ふたつの部屋、ふたりの暮らし」から © PAPRIKA FILMS / TARANTULA / ARTÉMIS PRODUCTIONS – 2019