第127夜「彼女はひとり」中川奈月監督
かつて勤めていた産経新聞で、朝刊の丸々1ページを使って年間の大型企画を掲載していた時期がある。企画によっては全国の記者からネタを募り、採用された題材についてアイデアを出した本人が取材、執筆するというケースもあった。
2003年4月からの1年間は「競う ライバル物語」という企画で、「プレイステーションVSセガサターン」とか「デル単VS豆単」とか、さまざまな分野のライバル関係を取り上げて読み物にしていた。こちらは当時、東京本社の社会部デスクという立場で、前線の記者に指示を出したり編集作業に追いまくられたりして4日に1回の泊まり勤務をこなしていたが、机にへばりつく仕事だけでは疲弊してしまう。自分でも取材して記事を書きたいと「競う」に応募したところ、採用されたのが立教ヌーベルバーグという題材だった。
そのころ日本映画界に旋風を巻き起こしていた立教大学出身監督の人間模様に焦点を当て、彼らの恩師に当たる蓮實重彦さんの授業や映画サークルの活動に、黒沢清監督の「神田川淫乱戦争」(1983年)、周防正行監督の「変態家族 兄貴の嫁さん」(1984年)などデビュー作品の裏側を絡めつつ、1週間にわたって連載した。ちょうど取材を始めた直後に大阪本社の社会部デスクに異動になり、蓮實さんや黒沢監督のほか、万田邦敏、森達也、塩田明彦、篠崎誠、青山真治といった監督たちに会いに、休みのたびに大阪と東京を行ったり来たりしたことが思い出される。
すでに大学の教壇に立っていた篠崎監督の教え子たちにも取材し、立教ヌーベルバーグの神髄が脈々と受け継がれていることを実感したが、それから18年を経た現在も立教大学は数多くの映画人を生み出している。そんな一人が中川奈月監督で、篠崎先生の指導を受けて大学院の修了制作として撮ったのが「彼女はひとり」だ。高校を舞台にしたいわゆる学園ドラマだが、そんじょそこらの青春ものとは一線を画した極めて異色の作品になっていて、またまた才能ある立教映画人の登場にうれしくなった。
主人公の澄子(福永朱梨)は、一見するとどこにでもいそうな女子高校生だが、片方の膝に黒いサポーターみたいなものが巻かれている。どうやら彼女は橋から身を投げて自殺を図ったようで、どこか暗い影を引きずりながら、同じクラスにいる幼なじみのヒデくん(金井浩人)を脅迫していた。小さいころ、澄子はヒデくんと聡子ちゃん(中村優里)といつも3人で遊んでいた仲良しだったのに、いったい何があったのか。
という何とも謎めいた物語が、澄子の父親や担任の女教師らを巻き込んで展開されるのだが、あくまでも色調は暗く沈んで、過去の楽しかった思い出や幸せな風景は一切描かれない。澄子の母親も聡子ちゃんももうこの世にはいないみたいなんだけど、でも映画にははっきりと姿を現す。その描写の仕方が幽霊にありがちなぼーっとした存在ではなく、それがかえって不気味さを醸す。
この表現の仕方は学生映画のレベルを超えているなと思ったら、撮影は黒沢清監督作品でおなじみの芦澤明子さんが手がけていた。百戦錬磨のベテランの力を巧みに生かすというのも、新人監督らしからぬ豪胆さだろう。
澄子を演じた福永朱梨も、恐らく素顔はものすごくチャーミングなんだろうけど、ここまでどろどろしたものを抱えたモンスターに徹し切らせるというのは、監督としては大変な力業に違いない。若い映画作家の無限の可能性を、しっかりとこの目に焼き付けた。(藤井克郎)
2021年10月23日(土)から新宿K’s cinemaなど全国で順次公開。
©2018「彼女はひとり」
中川奈月監督作品「彼女はひとり」から。高校生の澄子(福永朱梨)は橋から身を投げて自殺を図るが…… ©2018「彼女はひとり」
中川奈月監督作品「彼女はひとり」から。学園を舞台におどろおどろしい復讐劇が繰り広げられる ©2018「彼女はひとり」