第113夜 「プロミシング・ヤング・ウーマン」エメラルド・フェネル監督

 今年2021年のアカデミー賞は、個人的にはあんまり盛り上がらなかった。一応、作品賞、監督賞、主演女優賞に輝いた「ノマドランド」(クロエ・ジャオ監督)や主演男優賞などの「ファーザー」(フロリアン・ゼレール監督)、助演女優賞の「ミナリ」(リー・アイザック・チョン監督)は見ているんだけど、Netflixなど配信で発表された作品が数多くノミネートされていたというのが大きい。考えが古いのかもしれないが、どうしても映画は劇場でという方だから、配信作品がどんどん増えていくのはちょっとね。

 そんな中でも、これぞという映画と出くわすことがあるから、やっぱりアカデミー賞は侮れない。作品賞や監督賞、主演女優賞などにノミネートされ、脚本賞を獲得した「プロミシング・ヤング・ウーマン」は必見の社会派娯楽作品で、特に当方のような頭の固いおっさん連中やギラギラした若い男どもはぜひとも見るべきだと感じた。

 主人公は、夜な夜なバーで泥酔しては、男たちにお持ち帰りされる生活を送っているキャシー(キャリー・マリガン)。大学の医学部に進学して医者を目指していたが、同じ医大生だった大親友のニーナをめぐる事件で中退し、今はコーヒーショップでアルバイトをしている。そんなある日、大学時代の同級生で小児科医をしているライアン(ボー・バーナム)が客としてやってきて、麻酔科医になったアルが近々結婚することを知る。アルは例の忌まわしい事件の主犯格だった。キャシーの中に封印していた復讐心が沸き起こる。

 タイトルの「プロミシング・ヤング・ウーマン」(PROMISING YOUNG WOMAN)とは、「前途有望な若い女性」という意味で、キャシーもニーナも間違いなくそうだったのに、男性優位社会の犠牲になって夢を砕かれてしまった。医大生時代、ニーナとキャシーにいったい何が起こったのか。

 その辺りについては、イギリス出身の女優で、これが初長編となるエメラルド・フェネル監督はくどくどとは説明しない。なぜキャシーは派手な化粧と服装で飲み歩いているのか、どうして医者になる道を諦めたのか、という点も含めて、われわれ観客にも一緒に解き明かさせようとする。ただ何となくわかってくるのは、どうやらニーナはレイプの被害に遭い、それを大学ぐるみでなかったことにしようとしたらしいということだ。

 日本でもどこぞの医学部をはじめ、大学生の集団レイプ事件がたびたび世間をにぎわせてきたが、「前途有望な若い男性」に対する社会の甘さは洋の東西を問わないらしい。その憤りを、フェネル監督は決して声高にではなく、ブラックジョークを巧みに練り込んでスタイリッシュに描いていく。

 中でもキャシーのお持ち帰りのときのケバい装いと、コーヒーショップで働く質素な雰囲気とのギャップが絶妙で、改めてキャリー・マリガンの幅の広さに感心すると同時に、この映画の指向が全く予測できないことに不安と期待が入り交じる。かと思えば、キャシーがライアンとファーマシーでデートをする場面では、2人でパリス・ヒルトンの歌を口ずさんでいちゃいちゃするという、まるでロマンティックコメディーのような演出で、驚きながらもちょっと幸せな気分に浸ることができる。と、この能天気な描写の最中で、何とも不穏な音楽が流れ出すではないか。アカデミー賞では脚本賞だけの受賞だったが、監督賞だっておかしくないほど、作家性と娯楽性が見事に溶け合っていた。

 そうして映画は怒涛のクライマックスへとなだれ込む。この急転直下の展開はハリウッド作品にはあまり見られないような異様さで、フェネル監督がヨーロッパ出身というのも影響しているのかもしれない。エンターテインメントの香りをぷんぷん振りまきながら、でも内には世の男社会への怒りをマグマのようにため込んでいる。第2作以降、いったいどんな新機軸を見せてくれるのか、今から楽しみで仕方がない。(藤井克郎)

 2021年7月16日(金)、TOHOシネマズ日比谷、渋谷シネクイントなど全国で公開。

アメリカ映画「プロミシング・ヤング・ウーマン」から。医学部を中退してコーヒーショップでアルバイトをしているキャシー(キャリー・マリガン)だが…… ©2020 Focus Features

アメリカ映画「プロミシング・ヤング・ウーマン」から。復讐心に燃えるキャシー(キャリー・マリガン)は…… © Universal Pictures