第107夜「アメリカン・ユートピア」スパイク・リー監督
スパイク・リーという人は、人種差別に物申す熱血監督のイメージが強いが、その実、守備範囲はかなり広いような気がする。ニューヨーク派のとんがった作品で世に出たかと思えば、「マルコムX」(1992年)は意外と大作感に彩られていたし、「インサイド・マン」(2006年)や「オールド・ボーイ」(2013年)なんかはあえて娯楽に徹していたように思う。「ブラック・クランズマン」(2018年)で初のアカデミー賞の脚色賞を受賞したときのスピーチで吠えまくったように、根底に人種差別への激しい怒りが流れているのは一貫しているが、一方で何でも器用にこなす職人の一面もあるのではないか。
ドキュメンタリーも割と手がけていて、2005年にニューオーリンズを襲ったハリケーン・カトリーナを題材にした「When the Levees Broke: A Requiem in Four Acts(堤防が決壊したとき:4幕のレクイエム)」という4時間15分もの超大作を2006年のベネチア国際映画祭で見ているが、ちっとも長さを感じさせない見事な人間ドラマになっていた。このときは映写トラブルに見舞われ、それでも終映後には穏やかな笑みを浮かべて万雷の拍手に応えていたリー監督の姿を間近に見たとき、あ、なんかいい人なんだな、と思った記憶がある。
残念ながらこの超長尺作品が日本で上映されたという話は聞かないし、ほかにも劇映画以外はなかなか目にする機会がないんだけど、そんなリー監督が取り組んだ貴重なドキュメンタリーが「アメリカン・ユートピア」だ。スコットランドに生まれ、米東海岸で育ったミュージシャン、デイヴィッド・バーンのブロードウェイでの最新ステージを収めたもので、その音楽性と哲学を余すところなく伝える珠玉の映像作品に仕上がっていた。
バーンについてはまるで詳しくなく、かつて彼が率いたロックバンド、トーキング・ヘッズのライブを映画にしたジョナサン・デミ監督の「ストップ・メイキング・センス」(1984年)を見ている程度だが、今度のリー作品もこの伝説の音楽映画に負けず劣らず、バーンのホットなステージをそのまま再現することに注力している。ってことは、リー監督というよりもバーンの作品なんじゃないの、とも言えるが、ライブステージをただ単に撮影しただけでは、ここまでの感動をもたらすことはできないのではないか。
まず驚くのが、ステージを多角的にとらえたカメラワークだ。舞台は、天井からつるされたすだれ状の壁で覆われているだけで何の装飾もなく、そのがらんとした空間を、バーンやさまざまな楽器を手にしたミュージシャンらが演奏し、歌い、踊る。電気コードが張り巡らされた通常のロックコンサートとは異なり、メンバーは手持ちの楽器を動き回りながら演奏するのだが、カメラはそんな一人一人の表情に迫るかと思えば、正面後方からロングでとらえたり、あるいは真上から見下ろしたりと、縦横無尽に視点が切り替わる。実際に生で演奏していることは、バーンがステージ上で証明しているシーンを見ても疑いがないが、それをどうやってこんなにもいろんな角度から撮影することができたのか。舞台奥からライブに興奮する観客の様子まで写し取っていて、会場にいる以上に臨場感に浸ることができると言っても大げさではない。
21曲の演奏曲目は、トーキング・ヘッズ時代の代表曲に最新アルバムからと多彩なラインアップになっているらしいが、残念ながらよく知らない。でも知らないなりに、パーカッションを中心にしたバンドメンバーのパフォーマンスといい、バーンが曲の合間に語る脳と心の機能やらダダイズムやらの解説といい、舞台上で展開されるありとあらゆるものがかっこよく、十分すぎるほど十分に楽しむことができる。
さらに何と言っても真骨頂は、ジャネール・モネイの「Hell You Talmbout」をメンバー全員で力強く熱唱する場面だろう。理不尽な暴力の犠牲になった黒人たちの名前を連呼するプロテストソングで、被害者一人一人の映像が音楽に重なる。デイヴィッド・バーンとスパイク・リーの思いが見事にシンクロした瞬間で、どんな作品を撮ってもやっぱりリー監督のカラーは必ず刻み込まれるんだなということを再確認した。
この作品も、コロナ禍による緊急事態宣言の影響で、公開日が当初の5月7日から3週間延期され、しかも東京や大阪のシネコンなどではまだ上映がかなわない。だが確実に言えるのは、極上の音楽映画は極上の音響設備が整っている映画館で見るに限るということだ。ぜひ劇場に足を運んで、この真理を確かめてほしい。(藤井克郎)
2021年5月28日(金)、全国公開。
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スパイク・リー監督作「アメリカン・ユートピア」から。デイヴィッド・バーンのライブステージの魅力を余すところなく伝える ©2020 PM AU FILM, LLC AND RIVER ROAD ENTERTAINMENT, LLC ALL RIGHTS RESERVED
スパイク・リー監督作「アメリカン・ユートピア」から。人間の脳の模型を手に解説するデイヴィッド・バーン ©2020 PM AU FILM, LLC AND RIVER ROAD ENTERTAINMENT, LLC ALL RIGHTS RESERVED