「ミッドナイトスワン」(内田英治監督)

 内田英治監督にインタビュー取材をしたのは、今から6年前の2014年、彼が43歳のときだった。英ロンドンのレインダンス映画祭やベルギーのブリュッセル国際ファンタスティック映画祭などに出品された「グレイトフルデッド」の公開前のことで、映画も疾走感あふれるすさまじい作品なら、監督本人も異色の経歴に彩られた規格外の人物で、強烈な印象が残っている。ブラジルのリオデジャネイロで生まれ育ち、テレビのバラエティー番組「天才・たけしの元気が出るテレビ‼」のアシスタントディレクターを1年ほど務めた後、海外放浪生活を経て、週刊プレイボーイの編集部で約10年働いていたという映画監督は、そうはいないだろう。

 映画は学校で学んだことも、現場で修業を積んだこともなかったが、まずは脚本で認められ、やがて自分で監督をするようになる。デビューのころは無残だったというものの、10年目で手がけた「グレイトフルデッド」で手ごたえを感じることができ、「ようやくスタート地点に立ったような気がする」とうれしそうに話していたことを覚えている。

「オリジナルじゃないと楽しめない」と、これからも自らの企画、脚本で映画づくりを貫くことを明言していたが、その後、「下衆の愛」(2015年)、「獣道」(2017年)と評判を重ね、ついに新作「ミッドナイトスワン」は草彅剛主演で全国一斉ロードショー公開と、とんとん拍子に階段を駆け上った感がある。いや、本当に喜ばしい限り。

 その新作だけど、内田監督のオリジナリティーがぎっしりと詰まった非常に濃厚な作品になっていた。東京でニューハーフのショーダンサーなどをして暮らすトランスジェンダーの凪沙(草彅剛)は、生まれ故郷の広島から、親戚の娘、中学生の一果(服部樹咲)を預かることになる。母親(水川あさみ)の育児放棄ですっかり心を閉ざしてしまっていた一果だが、唯一、興味を示したのがバレエだった。

 お互い心に傷を抱える2人が出会い、いがみながらも本音をぶつけ合うことで、少しずつ変化が訪れる。そんな微妙な心の揺れを、内田監督は実に丁寧に紡いでいく。

 草彅の芸達者ぶりは言わずもがなだが、驚いたのは一果を演じた服部だ。2006年生まれというから現在14歳の新人なんだけど、子役ではなく、完全に1人の俳優として存在感を発揮している。最初はめちゃくちゃ暗い不愛想な子供として登場するが、凪沙と交わり、バレエに触れていくうちに、徐々に心を開いて生き生きとした表情になっていく。思春期の心のひだが無理なく表現されていて感心した。

 何より魅入られたのは、彼女が披露するバレエの見事さだ。服部本人は4歳でバレエを始め、数々のコンクールで優秀な成績を収めているだけに、安定した確かさがある。もう1人、一果と同じバレエ教室に通うりんを演じた上野鈴華もまた素晴らしい才能で、彼女たちの踊りを鮮やかにとらえた伊藤麻樹撮影のカメラワークも相まって、ぐいぐい引きつけられた。バレエ映画の名作「ブラック・スワン」(2010年、ダーレン・アロノフスキー監督)に匹敵すると言ったら褒めすぎか。

 凪沙を演じた草彅にも触れないわけにはいかない。この映画のすごいところは、凪沙がトランスジェンダーであることをことさら強調していないことで、だからどんなひどい目に遭ったかという描写はほとんどない。凪沙は当然のように自分らしく生きていて、でも当然ながら苦悩を抱えている。一果に対しても、変にとりつくろうことはせず、自分らしく堂々と生きていればいいんだと、言葉ではなく態度で諭す。そんな複雑な役どころを、草彅はオーバーアクションに陥ることなく、ごく自然に演じきる。決して見た目は美しいとは言えないんだけど、たたずまいはほれぼれするくらい美しい。だてに長くアイドルをやってきただけではないな、と強く感じた。

 こんな凪沙に対して、一果を含め、周りの人たちが過剰に反応しないという描き方もすてきだ。バレエの先生も警察官も、ごく当たり前の人間として凪沙に向き合う。これぞこれからの時代のLGBTQ(性的マイノリティー)のありようであり、内田監督のゆるぎない信念を垣間見せてもらった気がした。(藤井克郎)

 2020年9月25日(金)、全国公開。

©2020 Midnight Swan Film Partners

内田英治監督作「ミッドナイトスワン」から。凪沙(左、草彅剛)は、親戚の娘の一果(服部樹咲)を預かることになるが…… ©2020 Midnight Swan Film Partners

内田英治監督作「ミッドナイトスワン」から。一果(服部樹咲)はバレエに打ち込むようになる ©2020 Midnight Swan Film Partners