第324夜「禍禍女」ゆりやんレトリィバァ監督

 つい先日、「TITANE チタン」(2021年)のジュリア・デュクルノー監督、「サブスタンス」(2024年)のコラリー・ファルジャ監督に連なる女性監督の鬼才として「アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし」(2025年)を手がけたノルウェー出身のエミリア・ブリックフェルト監督を取り上げたが、日本にもとんでもない新人が現れた。それも芸人としても俳優としても異彩を放つおなじみ、ゆりやんレトリィバァなのだから、天は二物どころか三物も四物も与えているんだなあ、といささか興奮を抑え切れない。

 ゆりやん監督のデビュー作は「禍禍女」と書いて「まがまがおんな」と読む。監督自身の経験を基にしているということだが、本人は出演していない。Netflixの配信ドラマ「極悪女王」(白石和彌監督)の主演としてあそこまで存在感を発揮した実力を封印して作り手に徹したというのも潔いし、主演の南沙良をはじめとして当代一流の役者陣が、そんな監督を信頼し切っていることがスクリーンの端々から伝わってきて、思いっ切りエンターテインメントなのに胸がじいんと熱くなる作品になっていた。

 ひとたび好きになられてしまったら死ぬまで逃れることはできない、という禍禍女の伝説がささやかれる中、男子高校生やシェアハウスのイケメンらが変死するという事件が相次ぐ。美術大学に通う早苗(南沙良)は、同じ大学の宏(前田旺志郎)のことが好きになるが、宏には瑠美(アオイヤマダ)という恋人がいた。何とか宏の気を引きたい早苗は宏の近辺に出没するようになるが……。

 この美大生を巡るエピソードを中心に、禍禍女にまつわるさまざまな恐怖のシチュエーションが交錯して描かれるのだが、序盤は本格ホラーも顔負けの怖さが炸裂する。宏が自宅マンションのエレベーターで上っていく場面など、各階で外に何かがいるような気配を漂わせるし、自室のドアののぞき穴の向こうにいるものの見せ方など、いやいや、もうやめてくれ、と思わせるほどぞっとする。瑠美とデートで遊園地に出かけたときなど、常に何かがそこにいるかのような目線の動きを宏役の前田旺志郎にさせている。画面上には決して現れない禍禍女の存在を視覚でも聴覚でも意識させるというのは、手練れのホラー監督顔負けの演出だ。

 かと思えば、ところどころに脱力系の緩い笑いがちりばめられていて、その緩急の付け方が実に見事と言うしかない。畳みかけてくる恐怖に耐えるのがそろそろ限界に近いかと思うと、急に、何じゃこれ、といった場面に出くわす。脚本を手がけたのが、「ドロメ」(2016年)や「毒娘」(2024年)、最近だと話題の「ヒグマ!!」(2026年)などの内藤瑛亮監督で、おどろおどろしさのさじ加減はお手のものなのかもしれないが、ゆりやん監督のセンスも大きく作用しているのは間違いない。お笑いの要素のタイミングがもう絶妙なのだ。

 また多彩な出演者が、このホラーとコメディーの両方の要素を紙一重の部分で表現できる芸達者ぞろいで、見ていてうならされることしきりだ。霊媒師役の斎藤工の不気味さったらないし、わが子が禍禍女の犠牲になりそうになる母親役の田中麗奈なんて、よくぞここまでというオーバーアクションで、しかも真剣勝負の全力投球で挑んでいる。ほかにも、NHK連続テレビ小説の「ばけばけ」で今を時めく髙石あかりや鈴木福、九条ジョー、平原テツといった面々が、脇役とは言え確かな空気感でこの独特の世界観を彩る。

 だが何と言っても驚くのは、主演の南沙良に挑ませたちょっと異常とも思える描写だろう。ここは映画の肝なので詳しくは書かないが、発想したゆりやん監督もすごければ、それに全身全霊で応じた南もすごい。さらには同じようなことをまだ小さい子役の吉里紀汰にまでやらせているのだからすご過ぎる。ついでに言えば、このギャグの道具にされた前田旺志郎もすごい。恐らくこれまで誰も考え付いたことがないような無意味さだし、「サブスタンス」のラストシーンをはるかに凌ぐ破壊力と言っていいのではないか。

 とにかく一筋縄ではいかない複雑な人間模様を、決してこんがらかることなく、でもかなりのカオスを伴って紡ぎ上げるなんて、作劇について極めて熟知している演出だろう。音楽をはじめ恐怖を煽り立てる音響効果にも神経が行き届いているし、しかも怖さとおかしさにきゃあきゃあしながら、どこか切ないラブストーリーにもなっている。ゆりやんが世に出るきっかけとなった大好きな芸に、アカデミー賞を模した授賞式で英語を絡ませた変てこな日本語でスピーチをする抱腹絶倒のネタがある。2024年の暮れから米ロサンゼルスに移住して芸を磨いているゆりやんだが、近い将来、本当のアカデミー賞で授賞式に立つ日が来るかもしれないね。(藤井克郎)

 2026年2月6日(金)、全国公開。

©2026 K2P

ゆりやんレトリィバァ監督「禍禍女」から。恋のとりこになった早苗(南沙良)は…… ©2026 K2P

ゆりやんレトリィバァ監督「禍禍女」から。宏(右、前田旺志郎)が瑠美(アオイヤマダ)と遊園地にデートに行くと…… ©2026 K2P