第323夜「時のおと」片山享監督

 生まれ故郷を離れて47年がたった。もはや生家も存在しないし、最後に訪ねたのは2016年だから10年も前のことになる。でもいまだに福井と聞くだけで何か自分のことのようにそわそわした気分になるし、ニュースや活字で福井のことが出てくると、何が起きたのかどうしても気になってしまうから不思議なものだ。

 福井を舞台にした映画もないことはないが、福井出身の監督がほぼ福井人ばかりの出演者を起用して福井の中だけで撮った作品となれば、何が何でも見に行かねばならない。ただ企画したのが福井県ということで、観光臭の強い安易なご当地映画だったら嫌だなあと思っていたが、いやいや、ふるさとという身びいきを差し引いても、映像と音による革新的な試みが施されていて、未来に残すべき珠玉の娯楽表現に仕上がっていた。それどころか、福井に暮らす人々への親密な目線が実に温かく、福井と何のつながりのない人が見ても、何ていい土地なんだ、と思わずにはいられないに違いない。

 作品は4つの情景から構成されている。1つ目は福井市の高校が舞台で、演劇コンクールに臨む演劇部の生徒たちのある夏の日々がつづられる。どうやら3年生は女子3人だけで、1人は演出家として、後の2人は出演者として最後の夏に挑む。稽古は時に熱を帯びるが、終われば部室で扇風機に当たりながら、3人仲良く福井弁で雑談を交わす。そしていよいよコンクール当日……。

 といったどこにでもありそうな風景が、特に説明的な描写もなく、淡々と流れていく。翌年の春、足羽川の堤防に桜が咲き誇る映像を最後に場面が切り替わると、今度は小浜市の古い町並みを舞台に若い女性がベテラン芸者に三味線を習っている。という感じで、4つの情景が特に劇的な物語をはらむこともなく、ごろっと提示されるだけなのだ。本当にただただ提示されているとしか言えないんだけど、なぜか心をつかまされ、胸がきゅんと切なくなる。

 続く南越前町、かつては河野村と呼ばれていた漁師町の家族も、最後の勝山市の水菜農家と左義長の祭りばやしのお話も、全く加工されていない生のままの素材のように見えて、でも確実に伝わってくる何かがある。それが何かと言われると、うまく答えを導き出せないが、恐らくその場所、その人たちならではの空気感といったものではないだろうか。

 特筆すべきは、この4つの情景とも人為的な音楽が一切、用いられていないということだ。決して音楽が聞こえてこないわけではない。演劇部の生徒たちが出身校の校歌を歌ったり、三味線を習っている女性が「さくらさくら」をつま弾いたり、左義長の稽古で笛や太鼓を鳴らしたり、その場その時の音楽は目いっぱい耳に届く。ただ全てが風景に伴っているものであり、それは人々の会話にも言えることだ。出演者の大半は演技の経験なんてほとんどない地元の人たちなんだろうけれど、決してせりふを読まされているという感じではなく、その人一人一人の生活感がにじみ出ている。それくらいごくごく自然なのだ。

 これに鳥や虫の鳴き声などが重なり、福井の何気ない1ページが切り取られただけのように展開される。演劇コンクールも終わり、3人の3年生が田んぼの一本道を自転車を押して歩く帰り道、ヒグラシのカナカナカナに交じってツクツクボウシの声も聞こえてくる。田んぼの稲穂もそろそろこうべを垂れるかといった豊かな実りで、ああ、もう夏も終わりの夕暮れ時なんだな、3人で過ごすかけがえのない時間もそろそろ終わりに近づいているんだな、と実感する。まさにタイトル通り、映画全体が「時のおと」なのだ。

 片山享監督は福井県鯖江市の出身で、俳優として活動するかたわら、長編初監督作の「轟音」(2020年)がスペインのシッチェス・カタロニア国際映画祭に出品されるなど高い評価を獲得。以来、ふるさと福井に根差して映画づくりに務めてきた。福井駅前の寂れた商店街を舞台にした前作「いっちょらい」(2023年)は、福井への思い入れがちょっと強すぎるようにも感じたが、今回の「時のおと」は余分な力が入っていないというか、その場のありのままの姿を監督の感性の赴くままにカメラに収めているような気がして、才能の片鱗を大いに見せつけてもらった気がする。

 出演者は福井出身の津田寛治をはじめ、6人だけプロの俳優がいるとのことだが、みんな方言が巧みで地元の一般人と見事に溶け合っている。津田演じる演劇部の顧問が生徒たちと交わす福井弁は耳になじみの深い自然な抑揚で、福井出身者にとっては、いやもしかすると福井弁に接したことがない人も大いに感情を揺さぶられるのではないか。しかも同じ福井県と言っても、福井と小浜、河野、勝山ではそれぞれ言葉が違っていて、その微妙な差異も決しておろそかにはしていない。まさにこの時代の普遍的なとある場所における「時のおと」がそのまま伝わってくるような映画で、ぜひとも音響の優れた映画館の大スクリーンで味わってもらいたいと思った。(藤井克郎)

 2026年1月31日(土)から東京・ポレポレ東中野で公開。

©ふくいまちなかムービープロジェクト

片山享監督「時のおと」から ©ふくいまちなかムービープロジェクト

片山享監督「時のおと」から ©ふくいまちなかムービープロジェクト