第292夜「サスカッチ・サンセット」デヴィッド・ゼルナー&ネイサン・ゼルナー監督
いわゆる珍作、奇作の類いではあるだろう。何せ人間が一人も出てこない。せりふもなければ、ナレーションだってない。それなのにこんなにも大笑いして、そしてほろりとさせられるとは、何という恐ろしい作品だ。
登場するのは4人(4頭?)のサスカッチ。サスカッチとは、北米ロッキー山脈に生息しているとされる全身毛むくじゃらの未確認生物のことで、今は主にビッグフットと呼ばれる存在のことを原住民の言葉でこう称するらしい。
このサスカッチたちが山の中をさまよい歩く。季節は春。リーダー格のボスは唯一のメスと交尾をし、キノコなどの食べ物を見つけるとまず彼が毒見をし、安全だとわかればみんなに分け与える。こうして若いオス、メス、幼いジュニアと計4体、ごく少数ながらも群れを形成して平穏に生きていたが、メスが股間の匂いで異常を嗅ぎ取るところから急展開を見せる。熟した果実を毒見して酩酊したボスがメスに交尾を求めるも拒絶され、暴れまくった揚げ句、群れから追い出されたボスは、思わず毒キノコを口にしてしまう。
とまあ、四季を通じてサスカッチの下品で欲まみれの行動が繰り広げられるのだが、そのなりふりは実に人間臭く、まるでむき出しのわれわれ自身を見ているかのようだ。一つ一つの小ネタの作り込みがまた冴えていて、例えば小型のカメを弄んでいて舌を噛まれ、慌てて振りほどいて放り投げたら別のサスカッチが拾い上げてまるで携帯電話のように耳に当てる。こんな細かいギャグの応酬にばか笑いをしていると、次の瞬間には思いもかけない危機に直面し、深い悲しみに見舞われる。うん、確かに人間社会においても、禍福はあざなえる縄の如しだもんね。
驚くのは、喜び、悲しみ、怒り、恐れといった感情を、言葉ではなく、さらには表情でもなく、サスカッチがものの見事に表出していることだ。演じているのは「リアル・ペイン~心の旅~」(2024年)などの監督としても評価の高いジェシー・アイゼンバーグや、エルヴィス・プレスリーの孫娘として知られるライリー・キーオらだが、全身着ぐるみに身を包み、誰かわからないくらいの特殊メイクを施している。ただでさえ動きが不自由な上に、発するのは、うっうっ、といった奇声だけなのに、彼らが何を考え、どのように感じているかがひしひしと伝わってくる。パントマイムではないが、役者の表現力の豊かさに改めてうならされる。
やがて終盤になるにつれて、意外過ぎるほどの出来事が畳みかけるように押し寄せる。猛獣や降雪などあるがままの自然と、ラジカセといった人間の文明と、どちらもサスカッチたちにとっては脅威であり、おっ、と身をよけたかと思えば、あっ、と声が出たりして、彼らと一緒になってこちらも一喜一憂を繰り返す。まさに嵐寛寿郎の鞍馬天狗が敵に襲われそうになって、見ているみんなが口々に「危ない!」と叫び声を上げたのと同じ、かつての無声映画を追体験しているかのような気分を味わった。
しかもこの作品に通底するテーマとして、死と誕生という生きとし生けるものに共通する自然の摂理を説いていることに、はっとさせられる。ふざけているように見えて、人生とは、家族とは、社会とは、が大真面目に描かれていて、それをこれ以上なくしなやかで厚みのあるオブラートに包んで差し出している。映画の原点に迫る手法で、ここまでの深さを追究した作り手の巧みな作劇と映像表現には恐れ入るばかりだ。
手がけたのは、菊地凛子主演の「トレジャーハンター・クミコ」(2014年)など兄弟で活動するデヴィッド・ゼルナー&ネイサン・ゼルナー監督で、弟のネイサンはサスカッチのボス役で出演もしている。製作総指揮には「ヘレディタリー/継承」(2018年)や「ミッドサマー」(2019年)など新感覚スリラーの鬼才、アリ・アスター監督も名を連ねる。さあ、くだらないと切り捨てるか、面白いと大興奮するか、まずはとくとごろうじろ。(藤井克郎)
2025年5月23日(金)から全国順次公開。
© 2023 Cos Mor IV, LLC. All rights reserved

デヴィッド・ゼルナー&ネイサン・ゼルナー監督のアメリカ映画「サスカッチ・サンセット」から © 2023 Cos Mor IV, LLC. All rights reserved

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