第291夜「サブスタンス」コラリー・ファルジャ監督
トム・クルーズ主演の話題作「ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング」(クリストファー・マッカリー監督)を一足先に試写で見てきた。確かに60歳を超えたクルーズの体を張ったスタントは見応えがあるし、小型機の追跡場面なんて一体どうやって撮ったのか、まさに映像表現の粋を尽くした迫力だが、さすがにもうシリーズ8作目となると食傷気味というか、あ、またやってるね、との感が強い。
そこへ行くと、クルーズと同い年のデミ・ムーアが、やはり体を張って挑んだ「サブスタンス」は全編、度肝を抜かれるような強烈なパワーに満ちていて、わが方としては断然こちらをお勧めする。しかも映像の驚かしだけでなく、昨今の世相に切り込んだ毒気を目いっぱい振り撒いていて、よくぞこの今の時代に作られたもんだと感心すると同時に、今でなければ作られない映画でもあるなと確信した。
かつて名声をほしいままにしてきた女優のエリザベス(デミ・ムーア)は、50歳を迎えて人気も容姿も衰えを見せていた。プロデューサーのハーヴェイ(デニス・クエイド)にテレビのレギュラー番組からの降板を告げられ、ショックを受けたエリザベスは、若さと美しさを取り戻す秘密の再生医療「サブスタンス」の広告を目にする。最初は躊躇したものの、老いという現実を認めたくないエリザベスは思い切ってキットを入手するが……。
「物質」を意味するサブスタンスの取り扱い説明の細かさに感心していたら、ここから想像のはるか斜め上を行く怒涛の展開がぐるんぐるん襲ってきて、もうあっけに取られるやら、笑いをかみ殺すやら。サブスタンスの注射を打つと、1週間限定で見た目もスタイルも全く別の若い姿に生まれ変わるのだが、その変態するときの映像表現がまた、えっ、そう来るの、というえぐさで、フランス出身のコラリー・ファルジャ監督による奇抜な発想には舌を巻くばかりだ。
生まれ変わったエリザベスはスー(マーガレット・クアリー)と名乗り、ハーヴェイが企画するエリザベスの後番組のオーディションに参加する。見事、レギュラーの座を獲得するものの、1週間で元の姿に戻らなければならない。別々のように見えても同一人物なのだと、サブスタンスの説明音声がたびたび注意を喚起するが、ついには若いスーが暴走。とんでもない事態に陥っていくというのが大まかなストーリーだ。
とにかく変態の過程といい、スーとの対決といい、エリザベスを演じたムーアの腰の据え方が半端じゃない。ムーアと言えば、「ゴースト/ニューヨークの幻」(1990年、ジェリー・ザッカー監督)での清楚な若妻役の印象が鮮烈に残っているが、自らの老いを真正面から受け止め、大胆過ぎる醜さに臨んだ覚悟は大したものだ。しかも老いを十分に感じさせたままで、トム・クルーズも顔負けの激しいアクションに挑戦している。ゴールデングローブ賞では初めて主演女優賞(ミュージカル/コメディー部門)に輝き、アカデミー賞でも主演女優賞の本命と目されながら受賞はかなわなかったが、この俳優魂は大いに称賛されてしかるべきだろう。
一方のもう一人の主人公、スーを演じたマーガレット・クアリーも相当なものだ。ムーアと同一人物で、でもムーアにはない若さと美貌を兼ね備えているというむちゃなシチュエーションを、まるで違和感なく軽々と体現しているように見える。「憐れみの3章」(2024年、ヨルゴス・ランティモス監督)でもぶっ飛んだ演技を披露していたが、当方のお気に入りは主役の新人編集者を演じた「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」(2020年、フィリップ・ファラルドー監督)だ。成長途上の若者を等身大で演じていて、振り幅の大きさには今後の期待がますます高まってくる。
さらに決して見た目の激烈さだけではないというところに、この映画のすごみがある。美をテーマにしていながら、劇中で何度も何度も強調されるのは醜さだ。そこには、老いや醜さを極端なまでに否定する昨今の風潮への痛烈な皮肉が込められている。美しくなりたい、若いままでいたい、という飽くなき欲望がエスカレートしてしまうと、人としてのあるべき心がどこかへ行ってしまうのではないか。ファルジャ監督は女性として、そんな警告とも言えるメッセージを、ファンタジーあふれる映像世界に託して全人類に発信したかったのかもしれない。
それが如実に表れるものに食べ物の描写がある。冒頭からエビもオリーブも極端なクロースアップで捉え、しかも思いっきり汚らしく食い散らかす。最も美からかけ離れている情景で、まさにこの世にはびこるあらゆる醜さを代表しているかのようだ。美しさとまるで合わせ鏡のように見せつけることで、世界にあふれ返る醜さの本質、つまりエリザベスとスーの闘いに象徴されるありとあらゆる対立に気づいてほしい。文句なしに面白い画面越しに、そんな深い思慮が感じられて、思わず居住まいを正した。(藤井克郎)
2025年5月16日(金)、全国公開。
©2024 UNIVERSAL STUDIOS

コラリー・ファルジャ監督のアメリカ映画「サブスタンス」から。エリザベス(デミ・ムーア)は美と若さを取り戻したいと願うが…… ©2024 UNIVERSAL STUDIOS

コラリー・ファルジャ監督のアメリカ映画「サブスタンス」から。美と若さを取り戻したエリザベス(デミ・ムーア)はスー(マーガレット・クアリー)と名乗り…… ©2024 UNIVERSAL STUDIOS