観客と作り手の対話を即興で捉える
一般的にイメージする映画の概念をはるかに超越しているのは間違いない。劇団「毛皮族」など演劇を中心に活動する江本純子監督(45)の長編第2作「愛の茶番」は、観客と作り手の境界を取っ払って、即興性に貫かれている革命的な作品だ。この魅力を言語化するのは極めて難しいが、江本監督はこんな超映画に挑んだ意図について「映画という構造を使って、人々の創意や循環している時間といった場を作ることができないかということが始まりだった」と振り返る。(藤井克郎)
☆ほぼ全てをアドリブで紡ぐ怒涛の人間模様
「その一つが観客と作り手を分断する対面図式をシームレスにすることでした。作品にとって大事なのは観客と作り手の対話だとずっと思っていて、そういうコミュニケーションの場を作りたいということで始めました。だから何でもよかったんです、撮る映画は」
江本監督がこう話すことからも類推されるように、「愛の茶番」は物語に支配された映画ではない。主な登場人物は9人だが、ほかに大勢の名もなき「観客」が「作り手」と微妙に交じり合い、アンサンブルを奏でる。
ルミ(遠藤留奈)とアキ(冨手麻妙)の姉妹は波長が合わず、顔を合わせばいつもいがみ合っていた。キヨヒコ(金子清文)と結婚していながら、かつての恋人のリョウスケ(岩瀬亮)が忘れられず悶々としているルミに対し、地下系シンガーソングライターとして愛の歌を求めてあがくアキ。そんな2人に、リエ(菅原雪)、スミオ(吉川純広)、K(藤田晃輔)、トモタロウ(美館智範)、ドンコ(江本純子)といった男女が絡み、答えの出ない泥沼の人間模様を紡いでいく。
といったざっとした流れはあるものの、せりふなどで細かい説明がなされることは一切ない。撮影はほとんどの場面が同じようなコンクリートの壁に囲まれた一室で行われ、壁際には観客らしき男女が取り巻いている。この場所が、時には居酒屋、時にはライブハウス、時にはテレビスタジオ、時にはパーティー会場、とシチュエーションを変えながら、数台のカメラで「出演者」も「観客」も一緒くたに収める。こうしてちょうど2時間、あらかじめ用意したものなのかアドリブなのか判然としない怒涛の芝居が、ほぼモノクロの画面で展開される。
「どこまでがアドリブかと言えば、ほぼ全てです。あらかじめこの言葉を言ってくださいねとお願いしているのは本当にいくつかしかない。それをシナリオと言って渡したら、参加した俳優さんたちに怒られました。あれはシナリオとは言わないって」と江本監督は苦笑する。
「愛の茶番」を手がけた江本純子監督=2024年11月23日、東京都中央区(藤井克郎撮影)
☆地図のない即興芝居がもたらす荒々しさ
もともと演劇でも、あるときから台本通りに繰り返し稽古を重ねて芝居を構築していくことに疑問を抱くようになっていった。一つの方向にみんなで向かっていくというのが創造性を欠いている気がして、台本を飛び越えた時間を作っていきたいと思うようになる。演劇の場合は本番まで決め打ちをせず、螺旋階段を上っていくように毎回毎回、違った芝居をやっていたが、その方法を映画でも用いたのが、「愛の茶番」だった。
「リハーサルと言うと、また俳優さんに怒られるんですが、何回かそのシーンを繰り返していく中で、この言葉、この時間がいい、というのを選択していく。それをつなげることでやっと確認ができるわけで、随分と無謀な作り方をしたなと思います。とにかく私たちは何の技術もなく撮っていたから、現場ではとてもいい時間だと思っても、その瞬間をカメラが押さえていなかったりするんですよ。音も追えないですしね」
カメラは平均して3~4台、観客が入っているシーンだと最大5台を同時に回し、どこにたどり着いても大丈夫だからと伝えて、俳優には毎回違う芝居を求めた。そうやって地図も持たずに即興で面白くしようとしていくと、みんなどんどん無茶をするようになる。ついついオーバーな演技になり、次第に激しさを出すようになっていった。
「テレンス・マリック監督の『ソング・トゥ・ソング』(2017年)という作品も即興らしくて、最初は8時間くらい素材があったのを2時間にまとめたそうなんです。その映画で何が起こっているかというと、みんないちゃいちゃし出すんですね。いちゃいちゃすると、とりあえず何かが起こっている感じがする。『愛の茶番』の場合は、みんながだんだんと荒々しくなっていくということがありました」
こうして撮りためた素材は、マリック監督に匹敵する10時間くらいの映画には余裕でできるほどの分量があった。これを削ってつないでいく編集作業が、つらくてつらくて仕方がなかったと告白する。3時間半ならまとまるかなというところから始めて、最終的には2時間に収めたが、みんなで大変な思いをして撮ったこともあり、一つ一つの場面にありがたみがあって、切っていくつらさは筆舌に尽くしがたいものがあった。
「愛の茶番」を手がけた江本純子監督=2024年11月23日、東京都中央区(藤井克郎撮影)
☆嘘のない虚構を映画の表現で探求する
「もう一つつらかったのは、自主映画だったから締め切りを決めていなかったことです。編集も一人でやったのですが、作業の時間もペースも自分の裁量というのが非常につらかった。永遠に終わらない宿題を抱えている状態になっていましたね。誰か入れればよかったなと反省しています」
実は映画は子どもの頃から親しんでいて、映画好きが好きだと言っているような作品は大体見ていた。大学で劇団に所属したことで演劇の世界にどっぷりと浸かってきたが、シナリオを勉強するときには映画を参考にすることが多く、徐々に映画も作りたいという思いが頭をもたげてくる。2016年には自伝的小説の「股間」を基にした「過激派オペラ」で長編映画を初監督。関わったことで、もっと映画への渇望が湧いてきて、2作目の「愛の茶番」につながった。
「『過激派オペラ』は、企画者の方の原作候補の中に私の小説があって、本人が撮ったら面白いんじゃないかとなったんだと思います。ずっと映画を撮りたいと言っていたから夢がかなったわけですが、私は助監督の経験もなければ、映画学校にも行っていない。何か学ばないといけないと思って、じゃあ一度、自主映画を実践的に作ってみようと。自主映画を一から作って、いろんな方から学ばせてもらえたらなと思ったんです」
今回は相当に思い切った手法で仕上げたが、次はちゃんと設計図を基にした映画を作りたいと考えている。演劇で即興を用いるのは、最高の生きた時間を生むための手段だったが、映画では再現性がないと意味がないという結論に行き着いた。
「目指すもの、作るべきものとしては、ほぼ生の虚構、と言っていいのかな。演劇でも天然と人工の融合を求めていながら、どうしても天然性を勝たせてしまう。映画でもドキュメンタリーのような作品の方が自分としてはぐっとくるし、それを虚構として作れると思っていて、その技術を今は探求しているところです。嘘のない虚構というと矛盾していますが、ぎりぎりのものを作るのってものすごく技術と時間とお金がかかるので、さあどうしようかな、というのはずっと考えていますね」とさらなる高みへの挑戦を口にした。
(取材・撮影協力/TCC試写室)
江本純子(えもと・じゅんこ)
1978年生まれ。千葉県出身。立教大学で学生劇団として活動ののち、2000年に劇団「毛皮族」を旗揚げ。2008年から2021年までの間に計9年間、セゾン文化財団のフェローに選出。商業演劇、フランス公演、小豆島での野外演劇など、多くの演劇作品を作り続ける。2016年、「過激派オペラ」で映画監督デビュー。
「愛の茶番」(2024年/日本/120分)
シナリオ・監督・編集・製作:江本純子
出演:遠藤留奈、冨手麻妙、菅原雪、岩瀬亮、吉川純広、藤田晃輔、美館智範、江本純子、加治屋彰人、丙次(田中祐希改め)、斎藤千晃、近藤茶、金子清文
撮影・録音・照明・美術・出演:渇望者 音楽:タカハシヒョウリ クリエーション統括:加治屋彰人 整音・スタジオ技術:シネマサウンドワークス 英語字幕:Annie Iwasaki 英語字幕制作:株式会社アウラ 企画協力:金吉唯彦 アソシエイトプロデューサー:木下京子 協賛:野口満之、KAZUMO
配給:“渇望” 宣伝:contrail
2024年12月7日(土)から、東京・渋谷ユーロスペースなど全国順次公開
江本純子監督「愛の茶番」から ©“渇望”2024
江本純子監督「愛の茶番」から ©“渇望”2024