明るい装いでネットの闇に迫る

 アメリカからとびっきりポップで刺激的な社会派ドキュメンタリーがやってくる。3月12日(金)公開の「フィールズ・グッド・マン」の主人公は、ギョロっとした目が魅力的なカエルのペペ。ところがこの愛らしいキャラクターが、ヘイトシンボルとして全米で物議を醸す存在になってしまった。その一部始終を、新たに制作したアニメーションを織り込んで映画にしたのが、アーサー・ジョーンズ監督(45)とジョルジオ・アンジェリーニプロデューサー(38)だ。オンラインによるインタビュー取材に応じた2人は「幅広い人々に共感してもらえたら、こんなに光栄なことはない」と日本での劇場公開に期待している。(藤井克郎)

★愛らしいカエルがヘイトシンボルに

 緑色の肌にすらっとした手足のペペは、漫画や絵本などを手がける若手アーティスト、マット・フューリーが生み出したカエルのキャラクターだ。もともとは2005年にSNSのマイスペースに発表したコミック「ボーイズ・クラブ」のキャラクターの1つで、お気楽な性格でみんなの弟分のような存在だった。「ボーイズ・クラブ」にはほかにオオカミ、イヌ、クマのキャラクターがいて、4人のメンバーはマット自身と友人たちをモデルにしていた。

 ところがこのペペが暴走を始める。「feels good man(気持ちいいぜ)」の決めぜりふとともに、インターネットの匿名掲示板「4chan」で拡散。投稿者が勝手にアレンジを施したインターネット・ミーム(模倣子)として、またたく間に広がっていった。その勢いはネット内にとどまらず、2016年の大統領選挙では、ドナルド・トランプ候補を支持するオルト・ライト(非主流右翼)の活動家らが人種差別的なイメージでペペを利用。ついにはアメリカ最大のユダヤ人団体「名誉毀損防止同盟」からヘイトシンボルとして認定されてしまう。

 事ここに至って、それまで戸惑いつつ静観していた原作者のマットも、黙ってはいられなくなった。プラスイメージのペペを広めようと、コミック仲間に呼びかけてキャンペーンを展開。そのときに声をかけられた1人が、アニメーターのジョーンズ監督だった。

「もともと出会う前からマットのコミックのファンで、共通の友人とともに一緒にハイキングに行くなどして仲良くなった」と振り返るジョーンズ監督は、ペペの問題を知って衝撃を受ける。

「ミームとしてネットでペペを使用している人たちは、果たしてマットのコミックのことを知っているのだろうか。2016年に学校襲撃事件が起きて、その犯人が4chanでペペのミームをアップしていたことがわかり、その2週間後には大統領選のトランプ候補がペペのミームをネットに載せた。これらの2つの現象はどう関係しているのか。そんな疑問がきっかけになって、映画にしたいと考えるようになりました」と、米カリフォルニア州からウェブ会議システムを通じてジョーンズ監督は語る。

★食い物にされている側の代弁者

 最初に構想したのは、ペペのアニメーション映画だった。コミックの「ボーイズ・クラブ」の世界からペペが引き離され、ネットの嵐に遭い、いじめを受けるなどしながらも、最後は故郷に戻るというストーリーを思い描いたが、あまりにもペペのマイナスイメージが浸透しすぎていて、断念せざるを得なかった。だったらドキュメンタリーにアニメーションを取り入れつつ、マットが本来描きたかったペペについて表現していくしかないと感じたという。

「マットや彼の妻と話し合いを重ねて、ドキュメンタリー映画がいかに彼らの負担になるかということも考慮しながら関係性を築いていった。信頼を得るまでには2年かかりました」と打ち明けるジョーンズ監督は、ほかにもマットのコミック仲間や心理学者、オカルト学者、さらには4chanの投稿者にトランプ陣営のSNS戦略担当まで幅広くインタビューを敢行。一方で、ヘイトシンボルとしてペペを利用したオルト・ライトの人物にはあえて接触せず、彼らに食い物にされている側に焦点を当てるよう心がけた。

「例えば、4chan投稿者のミルズは食い物にされている側だが、ペペのキャラクターに特別に感情移入をしている人たちの代表だと思った。その気持ちをとてもリアルに代弁してくれるのでインタビューをしたが、同時に彼はアメリカで増えている怒りを抱えながらものけ者にされている若者世代の代表でもある。だから彼を映画に入れるのは必須だと感じました」と、プロデューサーのアンジェリーニ氏は言葉を継ぐ。ちなみに2人によると、4chanは日本の電子掲示板「2ちゃんねる(現5ちゃんねる)」の影響を受けて設立されたもので、ミルズ青年も2ちゃんねるを知ったことから4chanに移行していったという。

★誤情報の拡散は民主主義の脅威にも

 ペペはその後、意外な展開を見せ、映画ではそのクライマックスが大きな感動を伴って描かれるのだが、ネタバレになるので詳しくは書かない。こうして完成した作品は、世界有数の自主映画の祭典、2020年1月のサンダンス映画祭(米ユタ州)で審査員特別賞新人賞を受賞するなど、全米各地の映画祭で評判を得る。実はサンダンスにエントリーする2週間前に、このクライマックスで使われたニュースのことを知り、海外に移住したばかりの友人に撮影を依頼して急遽、作り替えたものだった。「最初のエンディングはそれほど満足のいくものではなかっただけに、とてもうれしい驚きだった」と、2人は映画の神様の降臨に感謝する。

 日本ではまだここまでインターネット・ミームが社会現象になるほどの事象は起きていないが、ジョーンズ監督は「アメリカで起きていることは、世界中で起こりうることだと思う」と警鐘を鳴らす。

「誤った情報がネット上で拡散するということは大問題だと思う。ただアメリカ人は規制を嫌う国民で、こういう問題について話し合う場があまりなかった。今年1月の連邦議会議事堂襲撃事件を受けて、やっぱりこれは大きな問題だ、民主主義の脅威だと認識する人が増えてはいるが、さてどうなることか。とにかくこの映画は、ペペというキャラクターを使うことで、明るい雰囲気でこの問題について語る場を作れたらいいなと思った。アメリカのようにならないためにはどうしたらいいか、教訓として見てもらうこともできるかもしれませんね」

★漫画がいかに大切な文化であるかを示す

 2人とも映画づくりは本業ではなく、ジョーンズ監督はアニメーション、アンジェリーニ氏は建築や音楽を専門としている。「いつもは一人で作業することに慣れているので、チームで作品を作り上げることはいろんな挑戦があった」と苦労を口にするジョーンズ監督だが、「漫画がいかに大切な文化かを示すことができたことは、とてもうれしかった。マットのように漫画を愛して、漫画で何かを表現する人物がいるということを映画で描けたことは大きい」と満足そうに話す。

 一方のアンジェリーニ氏は「懸念しているのは、今やアメリカでは映画が単なるコンテンツとして見られるようになってしまったこと。でも映画というものは、昔から政治や社会、文化などとつながっているものだと思う。現代社会を形成している概念がどのように作られていくのか、今後も映画を通して伝えていくことができたらと思っています」と意欲をにじませる。

 アメリカでは新型コロナウイルスの影響で、ニューヨークやロサンゼルスといった大都市では映画館の閉鎖が続き、この作品は2020年の9月にわずか12か所のインディーズ系映画館で公開されただけだった。日本で劇場公開されることを「興奮している」と歓迎する2人だが、「劇場でみんなと直接に会えたら、もっとよかった」と残念がる。

「日本はアニメーションの母国でもある。アニメーターとしてはなおのことうれしいですね」とジョーンズ監督は笑顔をのぞかせた。

◆「フィールズ・グッド・マン」(2020年/アメリカ/94分)原題:FEELS GOOD MAN

監督・脚本:アーサー・ジョーンズ 撮影・脚本:ジョルジオ・アンジェリーニ 編集・脚本:アーロン・ウィッケンデン

出演:マット・フューリー、ジョン・マイケル・グリア、リサ・ハナウォルト、スーザン・ブラックモア、アレックス・ジョーンズ、ジョニー・ライアン、カエルのペペ ほか

配給:東風+ノーム 

2021年3月12日(金)から、渋谷ユーロスペース、新宿シネマカリテなど全国で順次公開。

©2020Feels Good Man Film LLC

ドキュメンタリー映画「フィールズ・グッド・マン」を手がけたアーサー・ジョーンズ監督(左)とジョルジオ・アンジェリーニプロデューサー(東風提供)

取材は通訳を介し、パソコンの画面越しに行われた=2021年2月17日、東京都新宿区(東風提供)

ドキュメンタリー映画「フィールズ・グッド・マン」から。ペペの絵を描く原作者のマット・フューリー ©2020Feels Good Man Film LLC

ドキュメンタリー映画「フィールズ・グッド・マン」から。2016年の大統領選挙では、トランプ候補を支持する勢力にペペのミームが利用された ©2020Feels Good Man Film LLC