日本ならではの孤独の影を刻み込む

 ちょっと謎の多い映画、というのが正直な感想だ。米ニューヨーク出身の映像作家、ロバート・カプリア監督の初長編映画「MAYONAKA」は、21歳の誕生日を迎えた孤独な女性と、会社勤めで疲弊し切っている中年男性とが、東京・新宿の街で触れ合うある一夜を切り取っている。ハッピーバースデートゥーユーが2回も繰り返されるなど、演出もどこか謎めいているが、主役を演じる暁月ななみと高城ツヨシの2人と作品との関わり方も謎に満ちていた。「意外と深い映画になっているので、2回、3回と見るたびに違った視点で見えるのでは」と2人は作品の魅力をアピールする。(藤井克郎)

★欧米との世界観のギャップ

 暁月が演じるクミは、歌手を目指しているもののなかなか芽が出ず、インターネットカフェで寝泊まりをしている女性だ。希望を見いだせないまま21歳の誕生日を迎え、処女を捨てられなければ自殺しようと心に決めている。一方、高城演じるアキラは会社でこき使われて疲弊し切っているサラリーマン。妻がいる自宅にはもう長いこと帰っておらず、退職を決意したこの日、恨みを抱く上司の後をひそかにつけるが……。

 アキラ役を演じた高城によると、ニューヨーク大学の映画学校で映画を学んだカプリア監督は、日本人の妻の里帰りに付き添って来日したときに日本映画と邂逅。吉田喜重監督や勅使河原宏監督らの名作に触れ、日本の実情を研究する中で、日本人はこんなに平和な国に住んでいるのに、自殺率と鬱発症率が高いことに引っかかりを覚えたという。

「彼らの文化は8割くらい合っていればOKで、間違っていたらまた作り直せばいい。でも日本人は、間違えるとみんなに迷惑をかけてしまう、完璧なものを要求されてそれに応えないといけない、という部分が強い。彼の世界観とのギャップから不思議に感じたことが、この作品を作るきっかけになったようです」と高城は言う。

★台本をもらった4日後には撮影

 撮影が行われたのは、コロナ禍直前の2019年秋のことだった。高城は、カプリア監督から「今、日本にいるから」と急遽、呼び出され、初めて会って台本を読んで、ぜひやってほしいと出演を依頼された。

 暁月の方はもっと劇的だ。現在は和楽器ヘビーメタルバンド「KAGURAMUSOU」のボーカルを務めるなど、音楽活動を本業にしている暁月だが、ある日、新宿で初めての路上ライブをしていたら、目の前にずっとカメラを回している外国人がいる。注意しようかと迷いながらも最後まで歌い切ったところ、その場で「映画に出てくれないか」と声をかけられた。

「近くにマネジャーがいたので、話をつないでもらって、ぜひやらせてくださいとお願いして出演することになった、というのが出演の経緯です」と暁月は事もなげに話すが、その後、台本を受け取った4日後にはもう撮影だった。まあ何と行き当たりばったりというか、思い切りがいいというか、この身軽さには驚くばかりだ。

★台本通りにいかない自由な選択肢

 2人によると、およそ3週間かけて行われた撮影中も驚きの連続だったという。例えば台本では外国人のブロガーがストーリーテラーとしてドラマを引っ張っていく流れになっていたが、監督が高城の演技を気に入ってどんどん出番が増え、必然的にブロガーのシーンは減っていった。「どういう形に仕上がるか、楽しみ半分、怖さ半分という感じでした」と、高林陽一監督作品や大林宣彦監督作品など出演経験の豊富な高城は打ち明ける。

 一方の暁月は、これが演技初体験だった。それまでも週に4本はDVDを見るほど映画好きではあったが、まさか自分が出演する側になるとは思ってもいなかった。

「手探りで撮影に挑みましたが、この映画を通して自分自身にも詳しくなれたかなという気がします。結構ドキュメンタリー風に描かれる映画だったので、台本通りにはいかないというか、フリーで演じる部分がたくさんあって、自分自身のことを話したり、自分で考えて演じたりすることが多々あった。自分の中でいろんな選択肢を広げて、そこからこういう演技をしようと決めることができたので、本当に勉強になりました」

★死の世界へといざなう終電車

 高城も「即興性が高いというか、リハーサルを行わず、準備ができたら、さあ撮るぞ、みたいな感じでした」と振り返るが、そのせいか、なかなか理解しにくい描写も見受けられる。例えばクミは最初、オタクっぽい男の子と一緒にカラオケボックスに行って、ハッピーバースデートゥーユーの歌で誕生日を祝ってもらうが、アキラと出会った後も2人でカラオケボックスに行き、やはりハッピーバースデートゥーユーを歌ってもらう。アキラが後をつけていた上司の部長は、アキラを追い返した後も自宅には帰らず、まだ新宿の辺りをうろうろしている。クミもアキラも含めて、みんなが夜の新宿を彷徨している様子が、延々と映し出されるのだ。

 台本と比べると部長の出番はぐっと増えていて、「映画を見たとき、あれ、随分変わったなと思った」と話す高城は「人は一面ではない、というところを描きたかったんだろうな」と感じた。

「この映画のテーマとして、大都会の中でたくさんの人に囲まれていても、みんなとても孤独だと言いたかったのではないか。アキラとクミの2人も、心を通わせているようで、お互い自分のことで精いっぱいという部分もありますしね」

 ハッピーバースデートゥーユーもちゃんと理由がある、と指摘するのは暁月だ。クミが処女喪失か自殺かを選択しようとしているように、この作品には常に死の影がつきまとっている。その対極にあるのが誕生で、だからハッピーバースデートゥーユーを2回も繰り返すことで、生と死を深く印象づけるという意識があるのではないかという。

 2人に絡んでくる人物がみんな終電の時間のことを気にするのも、高城によると死を暗示させる。「欧米の人たちにとって終電は、死の世界に連れていくという意味合いがあるらしい。撮っているときはいかにもでたらめだったけど、考えていることは意外と深いんです」と高城も舌を巻く。

★便利な時代だからこその映画館の価値

 子どものころ、ゴジラシリーズに連れていってもらって以来の映画好きを自認する高城は、同じ映画を見ても、10年前と今とでは見ている世界が変わってきていることが実感できて、それが映画のよさだと感じている。

 コロナ禍で、全国の映画館、特にミニシアターは苦戦を強いられているが、「2時間、暗闇を買って、自分だけの世界でスクリーンと向かい合うというのは、とても幸せな時間だと思う。『MAYONAKA』を見て、こんな悩みを持っているのは自分だけじゃないんだと思える人が少しでも出てくれたらいいし、そういう力が映画にはあると思うので、ぜひ映画館に足を運んでもらいたいですね」。

 本職は音楽の暁月も、以前から好きだった映画が、この出演をきっかけにさらに近くに感じるようになったという。

「今の時代、スマートフォンなどで身近にエンターテインメントを体感できるようになったが、やっぱり大スクリーンで見て、迫力あるサウンドを聴くというのは映画館でしか味わえない臨場感だと思う。その思い出は心にも深く刻まれるものだし、何でも簡単に手に入る今の時代だからこそ、映画館の価値が上がってくるのではないでしょうか。ぜひその価値を確かめに来てほしい」と、映画館の勧めを説いていた。

◆暁月ななみ(あかつき・ななみ)

 沖縄県出身。2019年から音楽活動を開始。2020年10月、和楽器とメタルを融合したヘビーメタルバンド「KAGURAMUSOU」にボーカリストとして加入。映画は、ほかに「怪奇タクシー」(2022年、夏目大一朗監督)に出演している。

◆高城ツヨシ(たかしろ・つよし)

 大阪府出身。1966年生まれ。映画を中心に活動。主な出演作に「屋根の上の赤い女」(2007年、岡太地監督)、「涯てへの旅」(2007年、高林陽一監督)、「この空の花 長岡花火物語」(2011年、大林宣彦監督)、「はやぶさ 遥かなる帰還」(2012年、瀧本智行監督)などがある。

◆「MAYONAKA」(2022年/アメリカ/1時間17分)

監督・脚本・撮影・編集:ロバート・カプリア 製作:ACTUALITY FILMS、ロバート・カプリア 音楽:森川浩恵 音響:森英司 劇中曲:KAZUAKI

出演:暁月ななみ、高城ツヨシ、白畑真逸、内藤正記、川尻アンジェロ実、アントニオ・アンジェロフ

配給:last.train.films

2022年5月21日(土)から池袋シネマ・ロサなど全国で順次公開。

©last.train.films

「MAYONAKA」で主役を演じた暁月ななみ(右)と高城ツヨシ=2022年5月13日、東京都豊島区のシネマ・ロサ(藤井克郎撮影)

「MAYONAKA」で主役を演じた暁月ななみ(右)と高城ツヨシ=2022年5月13日、東京都豊島区のシネマ・ロサ(藤井克郎撮影)

ロバート・カプリア監督作「MAYONAKA」から。夜の新宿の街をさまよい歩くクミ(暁月ななみ)は…… ©last.train.films

ロバート・カプリア監督作「MAYONAKA」から。会社勤めに疲弊し切っていたアキラ(高城ツヨシ)だったが…… ©last.train.films