第265夜「シビル・ウォー アメリカ最後の日」アレックス・ガーランド監督

 一度、戦場に赴いたことがある。と言っても国家間の戦争ではなく、1989年12月にフィリピンで起きたクーデター未遂の取材だった。マニラに飛んで3日後くらいにはあっさりと鎮圧されたのだが、高級ホテルが立ち並ぶ市内中心部で政府軍と反乱軍が激しい銃撃戦を交わし、住民やジャーナリストにも犠牲者が出るなど、わずかながらもその生々しい一端に間近で接した。

 そのときに強く感じたのは、恐怖感は麻痺するということだ。マニラに到着した直後は銃を抱えた兵士が装甲車に乗って目抜き通りを走っていくだけで身構えたし、銃口がこちらを向いているとそれだけで足がすくんだ。同行したカメラマンが最前線で写真を撮ると言って交戦地帯に入っていったきり、しばらく戻ってこなかったときは、撃たれて路上に放置されているんじゃないかと本気で心配した。勇気を振り絞って彼を探しにいった路上で、キューンという鋭い銃声とともに頭上の植え込みがバサッと音を立てたときは、心臓が縮み上がる思いだった。

 ところが2日もしないうちに、パンパンと射撃音がこだまする日常に慣れっこになってくる。機関銃の弾倉をじゃらじゃら鳴らして歩いている兵士を見ても何にも感じなくなったし、現に地元の野次馬はぱらぱらと撃ち込まれる弾丸を拾いに、危険地帯にわらわらと群がってくる。これこそが戦争の本当の怖さなのかもしれないという気がした。

 近未来のアメリカを舞台に架空の内戦を扱った「シビル・ウォー アメリカ最後の日」を試写会で見て、そのときの記憶が脳裏をよぎった。映画は、連邦政府から離脱したテキサスやカリフォルニアなど19の州からなる西部勢力と政府軍の戦いが続く中、独裁的な大統領に取材しようと首都ワシントンに向かうジャーナリストたちの目線でつづられる。どうして内戦が勃発したのか、大統領がいかなる人物なのか、といった背景は一切説明されない。とにかく映画の中のアメリカは1861年に始まった南北戦争(The Civil War)以来の内乱状態で、特にワシントン近辺は首都攻防の最前線として非常に危険な状態にあるということだけが前提として示される。

 そんな中、ニューヨークに滞在していた伝説的な戦場カメラマン、リー(キルステン・ダンスト)は、記者のジョエル(ワグネル・モウラ)とともに、3期目の椅子に居座る大統領への単独インタビューをものにしようとワシントンを目指すことにする。沿線は激烈な戦闘が繰り広げられているだけでなく、大統領を支持する無法者の民兵組織も存在するなど、かなりの危険を伴うが、リーの恩師でもあるベテラン記者のサミー(スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン)と報道カメラマン志望の若いジェシー(ケイリー・スピーニー)も途中まで同乗することになり、ニューヨークを出発する。

 この4人が道中、どのような経験をするかが作品の軸となるが、これらの描写がめちゃくちゃリアルでセンセーショナルだ。例えば立ち寄ったガソリンスタンドでは、武装した男たちが拷問をしているところに遭遇。あまりもの非道ぶりにカメラを向けることができないジェシーに対して、リーは冷静に戦場カメラマンとしての役割を果たす。クリスマスの飾りつけが残る廃墟の敷地を通ったときは、人っ子一人いないと思っている中、どこかから鋭い金属音とともに銃弾が飛んでくる。正体不明のスナイパーが彼らを狙っているというのだが、確かにマニラで取材したときも、高級ホテルに陣取った凄腕の兵士が市民やジャーナリストを狙い撃ちにしていたものだ。

 圧巻は、武装した男たちが大量の死体を処理しているところに出くわす場面だ。男たちはリーや、彼らとともに前線を目指す記者仲間のサニーらにこんな質問を放つ。「お前たちはどの種類のアメリカ人だ?」と。ジェシーはミズーリ出身、リーはコロラド出身などと答えて生き延びるが、移民問題で揺れるアメリカで、いや日本を含む世界中のあらゆる国々で起こり得る分断の危険性を象徴しているシーンと言える。戦争は決して他人事ではない、という意識を観客に植えつけるすさまじい演出だ。

 その後も、もうこれ以上は見たくないというくらいの悲惨な展開が続くが、特筆すべきは、そのような過酷な環境にもまれていくうちにカメラマンとして一人前になっていくジェシーの姿だ。「プリシラ」(2023年、ソフィア・コッポラ監督)でエルヴィス・プレスリーの幼な妻を演じたケイリー・スピーニーが、最初は満足にシャッターも切れず、死体を目にしてゲーゲー吐くような未熟な女性だったのが、最後は見違えるように先陣を切ってファインダーをのぞくまでになる。頼もしい成長物語として捉える向きもあるかもしれないが、当方は恐怖に対する麻痺感覚を掲示しているように感じた。対照的にキルステン・ダンストのベテランカメラマンが弱々しい一面を見せるのも、やはり戦争の真実を突いているような気がする。

 古今東西、戦争映画はごまんとあって、「ディア・ハンター」(1978年、マイケル・チミノ監督)や「地獄の黙示録」(1979年、フランシス・フォード・コッポラ監督)など、戦場での狂気に迫った反戦映画の名作は枚挙にいとまがない。今も世界中で戦争、紛争は後を絶たず、ウクライナやガザ地区などの悲惨な現状は、テレビのニュースやドキュメンタリー映画など現実の映像でどんどん伝わってくる。

 そんな中、あえて架空の内戦でアメリカ人同士の凄惨な殺し合いを娯楽映画として世に送り出したイギリス出身のアレックス・ガーランド監督は、果たしてどんな思いで取り組んだのか。その意図を画面の奥から汲み取るのも、この時代に生きる一人一人の務めかもしれない。(藤井克郎)

 2024年10月4日(金)、東京・TOHOシネマズ日比谷など全国で公開。

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アレックス・ガーランド監督のアメリカ、イギリス合作「シビル・ウォー アメリカ最後の日」から。伝説の戦場カメラマン、リー(キルステン・ダンスト)は、危険地帯の中を首都ワシントンに向かう ©2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

アレックス・ガーランド監督のアメリカ、イギリス合作「シビル・ウォー アメリカ最後の日」から。報道カメラマンを志すジェシー(左、ケイリー・スピーニー)はベテラン戦場カメラマンのリー(キルステン・ダンスト)についていくが…… ©2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.