個性を生かす職場のありのままを伝える 「チョコレートな人々」鈴木祐司監督
ほっこりと甘いチョコレートの向こうから浮かび上がってくるのは、いつまでも寛容になれない日本社会の苦い現実だった。名古屋の東海テレビが手がけるドキュメンタリー劇場の第14弾「チョコレートな人々」は、愛知県豊橋市の「久遠チョコレート」を取り巻く人間模様を見つめた作品だ。全国展開で約570人の従業員を抱えるが、その6割が心や体に障害があり、ほかにもさまざまな困難と向き合う人たちが働いている。障害者雇用の促進を掲げて事業に取り組む夏目浩次代表を約20年前から追い続けてきた鈴木祐司監督(49)は「こういう人のことを知ってもらうことで、何か少し社会に影響が出れば、ということを常に考えています」とドキュメンタリーの役割について語る。(藤井克郎)
★障害の有無で給料が決まる社会を変えたい
「チョコレートな人々」には、久遠チョコレートで働く個性豊かな面々が登場する。子どもの頃に自閉症と診断された匹田望さんは一般企業に就職できず、福祉施設に通っていたが、2年半前に久遠チョコレートに入社。手先が器用なことを生かし、豊橋工場で飾りつけなどを担当する。また新たに神戸市長田区にオープンする神戸店には、大学時代にくも膜下出血で救急搬送され、麻痺が残っている加藤大輔さんが採用された。レジ担当を任されたが、なかなか笑顔で接客することができない。
ほかにも、同僚からの心ない言葉でケーキ店を退職したトランスジェンダーのまっちゃん、重度の知的障害で福祉施設ではシュレッダーを回すだけだった荒木啓暢さん、チック症で床を強く踏み鳴らしてしまう鈴木虎次郎さんと、実に多彩な人々が適材適所に配置され、働きがいを感じながら仕事に励んでいる。
今では大手デパートのチョコレートフェアで人気上位にランクされ、有名ショコラティエも一目置く存在となった久遠チョコレートだが、ここに至るまで道のりは決して平坦ではなかった。
代表の夏目さんは2003年、26歳で豊橋市の花園商店街にパン工房を開業。障害者の雇用拡大と賃金是正が目的だったが、パンは手間がかかる上に利益が薄く、スタッフがやけどをすることもたびたびあった。その後も数々の事業に手を出してきた夏目さんが試行錯誤の末にたどり着いたのが、「失敗しても温めれば何度でも作り直すことができる」チョコレートだった。こうして2014年に誕生した久遠チョコレートは、2022年8月の時点で全国40店舗、52拠点で展開するなど、どんどん規模を拡大している。
この夏目さんを、パン工房オープンの前から追いかけてきたのが、東海テレビで報道の仕事に携わる鈴木監督だった。
「夏目さんを知ったのは、本当にたまたまでした。地元の新聞に、豊橋の花園商店街に車いすの利用者が車いす専門店を作るという記事が載っていて、これを企画ニュースにしようと取材に行ったら、その横の空き店舗でパン屋を開くための会議をしていたのが夏目さんでした。話を聞くと、障害の有無にかかわらず、誰もがきちんと働けて稼げるモデルケースにしたいという。障害のあるなしで給料が決まっていくような社会を変えたい、と大きなことを言っていて、ちょっと様子を見てみようと撮影したのが始まりでした」と鈴木監督は振り返る。
★もがくことで成長するヒントが出てくる
このときは、夏目さんだけでなく、ほかにも花園商店街の商店主を取り上げて、寂れかけた商店街の復活に向けて奮闘する人たちの群像劇として番組化。「あきないの人々~夏・花園商店街~」のタイトルで2004年に放送したが、今回の「チョコレートな人々」には、このパン工房時代の映像も使われている。
現在はひげ面の夏目さんが20代のこざっぱりした童顔で登場するが、あるスタッフがパン工房を辞めざるを得なくなり、夏目さんがその母親から「もっと成長してください」と苦言を呈されるなど、苦難の過程もきっちりと映し出されている。
「夏目さんがよく言うモットーに、もがくことが大事という言葉がある。成功、失敗にかかわらず、もがくことでそこからまた何かアイデアが生まれたり成長するヒントが出たりする、と言っていて、だったら夏目さんのもがいているところを映していかないと、という思いもありましたね」と鈴木監督。
現在の部分でも、大量の発注にスタッフが対応しきれず、夏目さんが怒りをあらわにする場面も出てくるが、普通は絶対に撮らせてくれないだろうという。
「企業のマイナスイメージになるから使用NG、と言われてしまう時代ですが、ちゃんとさらけ出してくれるなんて、懐の深い方だなと感じますね。どんな場面でも撮らせてくれというのは常日頃から言ってきましたし、やっぱりリアルな部分があってこそ、ドキュメンタリーなんです。かっこいいところばかり見せられても面白くないし、そんな成功体験物語なんて誰も見たくない。必死に汗をかいて、泣いたり、怒ったり、そんな姿から何か大事なことを感じ取ってもらえたらと思っています」
★関わったからには最後まで追い続ける責任
愛知県の刈谷市で生まれ、小中高大と地元で育った鈴木監督は、就職するに当たって、テレビのドキュメンタリーかお笑い番組を作ってみたいと思った。子どもの頃から「オレたちひょうきん族」といったお笑い系のバラエティー番組に親しんでいたほか、ドキュメンタリーも大好きで、NHKのドキュメンタリー番組はほとんどすべて見てきたのではないかと豪語するほどだ。
だがテレビ局は狭き門で、東海テレビの関連会社の制作会社に入社。給料が安くても番組づくりという夢に一歩近づいた、と思いきや、配属されたのは東海テレビの報道の部署だった。
「あ、こっちで来たか、と思いましたね。それまで報道はテレビ局の聖域で、制作会社の社員に報道記者をさせるなんてことはなかった。実験台で、一人入れてみるか、みたいな感じで始めて、そしたら何とかやれているぞ、というところでしょうか。経験を積めば、こんな僕でも続いているわけですから、最初から駄目と決めつけるのではなく、ちゃんと環境を整えて修業をすれば誰でも育つというのは身に染みて感じるし、だから久遠チョコレートにも共感するのかもしれませんね」
毎日のニュース取材に追われながらも、興味のあることは休日を利用してとことんまで追いかけた。中でも岐阜県の徳山ダム建設で水没した旧徳山村の住民や、三重県の四日市公害の語り部らには、事あるごとに話を聞きにいき、地方の時代映像祭でグランプリを受賞した「約束~日本一のダムが奪うもの~」(2007年)や、四日市公害裁判の原告を支え続けた人物にスポットを当てた「記録人・澤井余四郎」(2010年)といったドキュメンタリー番組に結実。四日市公害に関しては、阿武野勝彦プロデューサーとの共同監督で「青空どろぼう」(2010年)というドキュメンタリー映画も手がけた。
「澤井余四郎さんは、公害被害を訴える喘息患者の声を聞き取って、紙に記録していた方ですが、忘れられない言葉があります。聞き取った後、その人たちは亡くなってしまうけれど、それは遺言を託されているんだから、自分は伝えていかなくちゃいけないんだとおっしゃっていて、聞き取った者の責任を澤井さんは大事にされていた。僕も澤井さんから聞いたことを伝えていく責任があるし、夏目さんも一度関わったからには最後まで追わなくちゃ、という責任を感じているというところがあります」
★依然として不寛容な日本社会に活力を
「チョコレートな人々」は、すでにテレビ版が2021年3月に放送され、同年の日本民間放送連盟賞テレビ部門でグランプリを受賞。映画版は2023年の正月上映を目標に定め、追加の撮影を行うなどして完成させた。
「ドキュメンタリーを作る人はみなさん、映画にしたいという夢はあると思う。今回はプロデューサーの阿武野が、テレビ版の第1稿の粗く編集したものを見たときに、これは全国の人に見てもらおうと映画化を決めてくれました。テレビだと1回だけの放送で終わってしまうところを、映画だと何回もいろんな人に、それもながら見ではなく、きちんと最初から最後までじっくりと見てもらえる。お金を出してわざわざ映画館まで行って見ることで、より楽しめるし、より考えてもらえると思うんです」
とにかく見る人には自由に感じ取ってもらえたらと思っているが、夏目さんや久遠チョコレートの日常の背後から匂い立ってくるのは、依然として日本社会にはびこる偏見や差別の芽だ。久遠チョコレートに寄せられるメールに、障害者が作っていることで衛生面の不安はないのかという声があり、夏目さんが憤るという場面があるが、鈴木監督も「夏目さんを取材していると、いろんなものが見えてくる。日本の社会のあり方もそうだし、福祉業界のこととか仕事の向き合い方とか、視点を変えるとさまざまな見方ができるということを、取材をしながらいつも考えさせられています」と打ち明ける。
そこから感じるのは、日本社会の不寛容さだという。企業もステレオタイプな人材をほしがって、当てはまらないと採用しないという傾向がある。だがこれまでにないようなアイデアを生み出していかなくてはならないこれからの時代には、多様な意見や考えがなくてはいけない。その人その人の得意なこと、やりたいことを見ていくことが必要だと、鈴木監督は強調する。
「もともと出発点は、障害のある人への偏見や差別への夏目さんの怒り、変えたいという思いでしたが、20年くらいたって夏目さんを取材することで、それだけじゃない部分も見えてくる。現場から生まれるアイデアが社会問題の解決につながったり、それぞれの能力を伸ばすことで今の社会が失ってしまった活力を取り戻したり、そういう要素がたくさん映っていると思うので、あまり加工せずに、そのまま久遠チョコレートの日々を見てもらうという感じですね」
★伝えることで困っている人の役に立ちたい
テレビ版が放送されたときは、約600通の手紙が夏目さんの元に届き、ほとんどが「久遠チョコレートで働かせてほしい」という内容だった。それだけ夏目さんの職場が働きづらい人々の希望になっているということだが、夏目さんは「それじゃいけない」と認識しているという。
「それぞれの会社がもう少し寛容になるというか、もう少しいろんな人に対応していけるようになれば、もっとこの問題は解決できると思っているようです」と夏目さんの本心を慮る鈴木監督は、映画になることで少しは夏目さんに恩返しできるかもと笑顔をのぞかせる。
「やっぱり取材というのはお世話になるという作業ですし、すべて無料で取材できて、向こうにとってはボランティアですよね。だから自分が関わった作品が映画になるというのもうれしいけれど、お世話になった方々をたくさんの人に知ってもらえるというのがとにかくうれしいです」
こう話す鈴木監督は、ドキュメンタリーは見る側にとっても生き方や考え方を疑似体験できる貴重な場ではないかと指摘する。見る人の人生を豊かにするものでもあって、だから作り手としてはそれだけ重要な役割を担っている。
「報道記者という仕事に就いたとき、漢字で報いる道と書くことに気づいたんです。報道って、伝えることで世の中の人に選択肢を増やしたり、よりよい社会にしていったりすることが役割だし、この仕事に就いた以上、それをやるべきだなと思って動いている。今、社会を見回してみて、最も困っている人、何かしなければならない現場を最優先に、僕が伝えることで役に立てることは何だろうと考えたとき、障害者の置かれた立場に行き当たった。何に一番スポットを当てるべきなのかは、常に考えています」と報道に携わる者の矜持を口にした。
鈴木祐司(すずき・ゆうじ)
1973年生まれ。愛知県出身。愛知学院大学文学部を卒業後、1998年に東海テレビプロダクションに入社。報道部の遊軍記者から岐阜支社、ニュースデスクなど。主なドキュメンタリー番組に「あきないの人々~夏・花園商店街~」(2004年)、「約束~日本一のダムが奪うもの~」(2007年)、「記録人・澤井余四郎」(2010年)、「#職場の作り方」(2022年)などがある。ドキュメンタリー映画「青空どろぼう」(2010年)は阿武野勝彦プロデューサーと共同監督を務めた。
「チョコレートな人々」(2022年/日本/102分)
ナレーション:宮本信子
プロデューサー:阿武野勝彦 音楽:本多俊之 音楽プロデューサー:岡田こずえ 撮影:中根芳樹、板谷達男 音声:横山勝 音響効果:久保田吉根、宿野祐 編集:奥田繁
監督:鈴木祐司 製作・配給:東海テレビ 配給協力:東風
2023年1月2日(月)から東京・ポレポレ東中野、愛知・名古屋シネマテーク、愛知・ユナイテッド・シネマ豊橋18、大阪・第七藝術劇場、福岡・KBCシネマなど全国順次公開。
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「何を伝えるべきかを常に考えています」と語る鈴木祐司監督=2022年12月7日、東京都新宿区(藤井克郎撮影)
「何を伝えるべきかを常に考えています」と語る鈴木祐司監督=2022年12月7日、東京都新宿区(藤井克郎撮影)
ドキュメンタリー映画「チョコレートな人々」から。久遠チョコレートでは実に多彩な人々が働いている ©東海テレビ放送
ドキュメンタリー映画「チョコレートな人々」から。久遠チョコレートを率いる夏目浩次さん ©東海テレビ放送