困難を乗り越えるには笑いが必要
どんなにつらく悲しい状況でも、笑うことは大事――。東日本大震災をモチーフにコメディー要素を絡めた映画「永遠の1分。」は、そんな信念で作られた。手がけたのは、アメリカにヨーロッパに韓国、台湾、香港と、世界各地で映画を撮ってきた曽根剛監督。評判を呼んだ「カメラを止めるな!」(2017年、上田慎一郎監督)の撮影監督としても知られるが、被災者に取材して集めたエピソードを盛り込んで、グローバルな視点で3.11を見つめた娯楽作に仕上げている。(藤井克郎)
★コメディーを撮るというアイデアは不謹慎
「もともと2011年に震災があったとき、自分にも何かできないかとの思いがあり、でも結局は部外者だし、映画を作ることだったらできるかなと漠然と思ったのが始まりです。当初は感動寄りの話にしたいと思ったのですが、何度か被災地を訪れて耳にしたのが、シリアス過ぎる映像は見る気にならないという声でした。ちょっと違う目線を入れたら見たくなるかな、というところで筋を考えていきました」と、曽根監督は企画のきっかけについて語る。
その話を知己の上田慎一郎監督に持ちかけて、脚本を書いてくれないかと依頼。上田監督から「完全に振り切って、もっとエンターテインメントに寄せた方がいい」という提案をもらい、アメリカ人監督が3.11を題材にコメディー映画を撮る、というアイデアが膨らんだ。それが2013年のことだ。
主人公は、コメディーを得意とするロサンゼルスの映像ディレクター、スティーブ(マイケル・キダ)。無許可の撮影が会社にばれ、社長から、クビになりたくなければ日本に行って東日本大震災のドキュメンタリーを撮るよう命じられる。
当初は適当にニンジャ映画でも作ってお茶を濁そうと考えていたスティーブだが、被災地を訪れて惨状を目の当たりにし、被災者の話を聞くうちに考えが変わる。震災を題材にしてコメディー映画を作れないか、と。
映画は、スティーブの奮闘ぶりを中心に、震災でわが子を亡くし、ロサンゼルスに渡った歌手の麗子(Awich)のエピソードを絡めながら、重層的に展開する。スティーブの企画は「不謹慎だ」となかなか賛同を得られず、週刊誌には誹謗中傷の記事を書かれてしまう。ついには失意のまま帰国の途に就こうとするが、空港へのタクシー内で耳にしたのが麗子の歌だった。
スティーブの思いは、実は曽根監督自身が経験したことにも重なる。
「当初、一緒にやりましょうと言っていたロサンゼルスのプロデューサーも、さすがにコメディー映画を撮ろうとする話はだめだろうと。日本の制作会社にも当たったのですが、シリアスな内容だったらいいんだけど、と言われ、そこで企画が止まってしまった。劇中でスティーブがニンジャと言っていることだけでも、ふざけすぎだろう、みたいな感じでしたね」
★コロナ禍の現在にも通じる世界共通のテーマ
だが、その後も被災地で取材を重ねる中で、現地の人々に恐る恐る切り出してみると、むしろそういう映画をみんな待っていたという声を聞く。笑うことが本当に大事だったというのだ。
曽根監督によると、当初は笑っちゃいけないというムードがあって、地域によっては震災から半年近くたった8月くらいまで、町じゅう誰も笑っちゃいけないような空気のところもあったという。そんな中で変わっていったきっかけが、町の酒屋がみんなに酒を配って、飲んじゃだめみたいな空気を吹っ飛ばそうと言い出したり、くすっと笑えるような演劇を作ってみんなの前で見せようとしたりしたことだった。
「それに岩手県久慈市で言うと、NHKの朝ドラ『あまちゃん』の影響が強かった。ドラマの撮影班が来るまでは暗いムードが漂っていたが、『あまちゃん』を通してみんな前を向けるようになったという話を聞きました。エンターテインメントの力ってホント強いんだなと改めて感じましたね」
こうして2018年ごろから映画化の話が具体的に動き出す。主人公をアメリカ人にしたのは、監督自身、アメリカに行って違う視点が得られた経験があったことと、映画的にはより部外者の方が不謹慎感が強いだろうという理由だ。
だが撮影に入る段になって、またも難題が持ち上がる。新型コロナウイルスの感染拡大で、当初予定していたロサンゼルスでの撮影ができなくなってしまったのだ。被災地の場面は岩手県で撮影したものの、アメリカの部分は東京近郊で撮影せざるを得なくなる。ロサンゼルスの街中の実景には、主立った出演者は出てこない。その代わりに、コロナ禍の中でもスティーブの映画を楽しみに集まってくるマスク姿の人々が描かれる。
「そもそも世界中がコロナで大問題になっている今、この映画を撮るべきなのか。映画を撮っている場合じゃないでしょ、くらいに思っていたが、脚本の上田慎一郎に助けられました。震災を題材にしているが、世の中にはもっと世界規模のいろんな困難があって、乗り越えるには、笑いだとか、そういうものが必要だというのは、世界中の人間にとって共通のテーマだな、と。より世界の人に伝えられるメッセージが映画の中に生まれたんじゃないかというところで、この状況でも作れると思えるようになりました」
★海外旅行の延長線上で映画づくりを楽しむ
もともと映画監督を目指していたわけではない。旅行が趣味で、あちこちに出かけるのがただ好きなだけだった。その際、特に興味はなかったものの、一眼レフとビデオカメラで風景などを収めているうち、だんだんと楽しくなってくる。作品を作ってみようと思い始めたのがどんどん深みにはまっていき、気がついたら映画にまでたどり着いていた。
「最初は写真とデザインの仕事から入って、ポスターを作ったり、ウェブのデザインをしたりしていました。映像は単に趣味だったんですが、映画の現場にスチルカメラマンとして入ることが多くなり、そのうちに自分も映像で監督をしたいなと思ってシナリオを勉強し始めたんです」
シナリオだけは学校に通って学んだが、だからと言ってすぐに脚本家や監督になれるものではない。だがそのうちに撮影や編集などの仕事が徐々に増えていき、やがて自主制作みたいな形で映画を作るようになる。旅行好きも相まって、例えばロサンゼルスに1カ月ほど渡航し、その間に映画を撮って帰ってくる。仕事ではないので、たとえ映画が撮れなくても、いい人と知り合って思い出がいっぱい作れたから楽しかった、で済む。こうして完成させた映画が「口裂け女in L.A.」(2015年、比呂啓、廣瀬陽、小川和也と共同監督)で、2016年には劇場公開もされた。
その後も、台湾で「台湾、独り言」(2017年)、ヨーロッパで「パリの大晦日」(2017年)、韓国で「ゴーストマスク~傷」(2018年)、香港で「二人小町」(2020年)と、実に世界を股にかけて映画づくりを手掛けている。
「低予算なので、一人で行って撮るくらいじゃないと作れない。だから人との出会いを楽しんでいるという方が強いですね。納期とかがあるわけでもないし、最悪、作れなくてもいいやみたいな。でも不思議と楽しんでやっていると、毎回、何となく形になっている。形にしたからには映画館で公開したいな、という感じですね」
「永遠の1分。」も、不謹慎だというのなら自主制作でやろうかなと思ったりもした。だがこの規模の作品を自腹でやるには無理がある。結局、直結したのは、撮影監督として参加した「カメラを止めるな!」の大ヒットだった。「あれがヒットしなかったら、いまだにこの映画にお金を出してくれる会社は現れなかった可能性があります」と打ち明ける。
被災者が笑いで癒やされたという話を聞いたことで、改めてエンターテインメントの必要性を感じたが、中でも映画は、歌も演劇もストーリーも、いろんな要素を盛り込めるという強みがあると指摘する。
「悲しむこと以外の何かが人間には大事だし、そうじゃないと生きていけない。映画は、いろんな表現を込めることができるから、メッセージも伝えられやすい。だから映画には魅力を感じるし、私もこうしてやっているというわけです」
◆曽根剛(そね・たけし)
数々の映画で撮影監督を務める傍ら、短編「still」(2013年)で初監督。以後、海外での撮影を含め、数多くの作品を手掛ける。主な監督作に「口裂け女in L.A.」(15年)、「台湾、独り言」(17年)、「パリの大晦日」(17年)、「ゴーストマスク~傷」(18年)、「透子のセカイ」(20年)、「ゴーストダイアリーズ」(20年)、「二人小町」(20年)など。公開待機作として「リフレインの鼓動」(21年)がある。
◆「永遠の1分。」(2022年/日本/97分)
監督:曽根剛 脚本:上田慎一郎 主題歌:Awich「One Day」
劇中演劇脚本:小室好司 地元劇団:久慈市民おらほーる劇場 音楽:鈴木伸宏、伊藤翔磨
助監督:高田真幸、大川祥吾 監督補:犬童一利 制作担当:内藤由美 録音:鳥井祐樹 メイク:河村夏海、赤坂街子 衣装:萬行優
エグゼクティブプロデューサー:井上裕、坂岡功士、有馬一昭、宇治重喜 制作プロデューサー:源田泰章 プロデューサー:奥出緑、小川貴弘、村上凌太、田中茂裕、梶原剛、中福島健斗
出演:マイケル・キダ、Awich、毎熊克哉、片山萌美、ライアン・ドリース、ルナ、中村優一、アレクサンダー・ハンター、西尾舞生、渡辺裕之
制作プロダクション:源田企画 配給:イオンエンターテイメント
2022年3月4日(金)、全国公開
©「永遠の1分。」製作委員会
「笑えるような何かが人間には大事」と話す曽根剛監督=2022年2月9日、東京都渋谷区(藤井克郎撮影)
曽根剛監督作品「永遠の1分。」から。スティーブ(右、マイケル・キダ)は東日本大震災の被災地で人々の声を集め始める ©「永遠の1分。」製作委員会
曽根剛監督作品「永遠の1分。」から。子どもを失った悲しみの中、ロサンゼルスに渡った麗子(Awich)だが…… ©「永遠の1分。」製作委員会