第141夜「再会の奈良」ポンフェイ監督

 地方で開かれる映画祭は、国際規模の都市型映画祭とはまた違った楽しみがある。結構いろんな映画祭に出かけていて、湯布院映画祭(大分県由布市)や高崎映画祭(群馬県高崎市)、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭(北海道夕張市)などは、最初に参加したのはもう25年以上も前になる。近年も、みやこほっこり映画祭(岩手県宮古市)、田辺・弁慶映画祭(和歌山県田辺市)、ちば映画祭(千葉市)といったところに足を運んだが、何と言っても運営を手伝っている地元の人々のおもてなしがいいんだよね。上映作品の監督や出演者らゲストも心から楽しんでいることが伝わってきて、交流している様子を見ているだけで何だか気持ちがあったかくなってくる。

 2010年に始まった隔年開催の「なら国際映画祭」(奈良市)にも一度だけ訪れたことがある。2018年9月のことで、夏休みがてらの旅行だったこともあり、映画は1本しか見ていない。直前に女優の樹木希林が亡くなり、急遽特別上映された主演作「あん」(2015年、河瀨直美監督)だったんだけど、上映後には共演の永瀬正敏と河瀨監督のトークショーも開かれて、希林さんの思い出をたっぷりと語り合ってくれた。上映会場のロビーには希林さんの写真も展示してあって、「あん」の公開時にロングインタビューをした身としては、余計に印象深い映画祭経験になった。

 このときに映画祭のインターナショナルコンペティションで観客賞を受賞したのが、中国のポンフェイ(鹏飞)監督の「ライスフラワーの香り」だった。残念ながらこの作品はまだ見ていないが、ポンフェイ監督は受賞がきっかけで、なら国際映画祭と連動する映画製作プロジェクト「NARAtive2020」の監督に選ばれ、長編映画を完成させる。それが全編を奈良県で撮影した「再会の奈良」だ。

 時代設定は2005年。奈良県で暮らす中国残留孤児2世の初美(イン・ズー/英泽)の元に、中国のおばあちゃん、陳慧明(ウー・イエンシュー/吴彦姝)がやってくる。おばあちゃんは残留孤児だった父親の面倒を見てくれた人で、養女として育てた残留孤児の麗華が日本に帰国した後、数年前から連絡が取れなくなり、行方を捜しに来日したのだ。

 麗華の日本名も知らないことから捜索は行き詰まるが、初美がアルバイトで働いていた居酒屋の客だった元警察官の吉澤(國村隼)が協力を買って出る。今は一人で寂しく暮らす吉澤にも、実は……、というところで物語は重層的に展開していくのだが、吉澤の孤独は決して本人の口から語らせない。3人で麗華を探すうちに何となく初美にも、見ているわれわれにも伝わってくるという手法が巧みで、國村の自然な振る舞いも相まってぐっと胸に迫ってくる。

 ただ3人の関係はあくまでもぎこちない。日本語がわからないおばあちゃんと、中国語を解さない吉澤の間を初美が通訳として取り持つが、初美はちっとも吉澤を頼っていないように見える。初対面のとき、吉澤から「お国は?」と尋ねられた初美は「日本人です」とぶっきらぼうに答えるし、そんな初美に対し、おばあちゃんは「中国人と結婚しろ」と言い放つ。表面的には3人の関係はぎくしゃくしているんだけど、でもその実、初美は吉澤のことを心強いと思っているし、おばあちゃんは決して日本人に悪い感情を抱いていないことが、立ち居振る舞いからうかがえる。設定は2005年になっているものの、現在の日中関係の微妙な状況を考えると、極めて趣深い。

 そんな三者三様の複雑な思いを、奈良のたたずまいが見事に代弁する。御所市を中心に行われたロケ場所は、商店街の町並みも、緑深い山里も、日本の原風景と言えるような風情で、物語を邪魔することなく、でも確実に映画の心を表現する。この何気ない情景に、出演もしている鈴木慶一の音楽がまたいい味を加えているんだよね。なら国際映画祭のエグゼクティブディレクターを務める河瀨直美監督の作品でおなじみの永瀬正敏も、ちょっと贅沢な役で登場するし、ポンフェイ監督の日本文化への深い敬意がひしひしと感じられる。国際友好に映画祭や映画がどれだけ重要かということが、痛いほどよく分かった。

 コロナ禍以降、地方の映画祭には全く出かけていない。中にはオンラインでの開催を余儀なくされたものもあるが、やっぱり人と人が出会ってこその映画祭だ。2年に1回のなら国際映画祭は、今年が開催年に当たる。いつも9月に開かれており、何とかそれまでにはオミクロン株も収束して、世界中から映画人が集まってくることを願わずにはいられない。(藤井克郎)

 2022年2月4日(金)からシネスイッチ銀座など全国で順次公開。

© 2020 “再会の奈良” Beijing Hengye Herdsman Pictures Co., Ltd, Nara International Film Festival, Xstream Pictures (Beijing)

中国、日本合作のポンフェイ監督作「再会の奈良」から。音信不通の麗華の居どころを捜す陳慧明(右端、ウー・イエンシュー)、初美(左端、イン・ズー)と吉澤(國村隼) © 2020 “再会の奈良” Beijing Hengye Herdsman Pictures Co., Ltd, Nara International Film Festival, Xstream Pictures (Beijing)

中国、日本合作のポンフェイ監督作「再会の奈良」から。奈良で撮影された何気ない風景が趣をもたらしている © 2020 “再会の奈良” Beijing Hengye Herdsman Pictures Co., Ltd, Nara International Film Festival, Xstream Pictures (Beijing)