第103夜「海辺の彼女たち」藤元明緒監督

 ついに3回目となる非常事態宣言が出て、東京や大阪などでは多くの映画館が営業休止を余儀なくされた。ただ休業要請ではなく、東京都独自の「協力依頼」となった都内のミニシアターや名画座の中には、万全の感染防止措置を施して営業を続けている劇場もある。断固、支持したい。

 映画をはじめとした芸術は、断じて不要不急ではないと思っている。食べ物や着るものと同様、生きていくためには絶対に必要であり、文学や美術、音楽のように、映画がなかったら文化的な生活を送ることはできない。だったら電子書籍や音楽配信と同じく、自宅のテレビやパソコンの画面で楽しめばいいじゃないかという声もあるだろう。でも日常の中の小さなモニターで見るのと非日常の大きなスクリーンで見るのとでは、同じ作品でも体験として得られるものは全く違う。それに映画だって一期一会で、DVDや配信になることなく、今を逃すともう二度と見ることができない場合も多い。何よりも映画は現代社会を映す鏡でもあり、この時期に発表することにこそ大きな意味があるというケースも少なからずある。

 日本とベトナムの合作映画「海辺の彼女たち」は、まさに今の令和の日本を鋭く射抜いた社会派の娯楽作品で、このタイミングで劇場公開する必然があると言い切っていいだろう。

 主人公は、ベトナムから日本にやってきた技能実習生のフォン(ホアン・フォン)、アン(フィン・トゥエ・アン)、ニュー(クィン・ニュー)の3人。冒頭、彼女たちは夜の闇に紛れてある場所を脱出し、地下鉄を乗り継いでフェリー乗り場へと向かう。いったい3人は何から逃げ出したのか。なぜこんなにもおびえているのか。そういった説明っぽいせりふは一切なく、ハンディカメラで彼女たちの行動に肉薄し、不安げな表情をじっと見つめる。まるでこちらが4人目の逃走者であるかのような臨場感が素晴らしい。

 やがてフェリーは雪のちらつく東北の港に接岸し、待ち受けていたベトナム人ブローカーの手配でさびれた漁村に連れていかれる。パスポートも在留カードも脱走した元の職場に預けたままの彼女たちは、いわゆる不法滞在者として漁師の手伝いをしながら生きていく。慣れない魚の陸揚げに箱詰め作業。体力のない女の子には過酷な仕事だが、国で仕送りを待っている家族のためにも、涙をこらえて頑張っていくしかない。そんなある日、3人のうちの1人、フォンが妊娠しているかもしれないと気づく。

 初長編だった「僕の帰る場所」(2018年)でミャンマーからの移民家族を描いた藤元明緒監督は、今度はベトナム人技能実習生をモチーフに、やはり日本に在留する外国人の実態をリアルな描写で浮き彫りにした。映画化のきっかけは、監督がSNSで知り合ったミャンマー人技能実習生が、劣悪な職場環境を訴えるメールを最後に行方不明になったことだそうで、徹底した取材を通して誇張のない実像に迫った。と同時に、妊娠というドラマティックなエピソードを挿入することで、単なる実録ものを超えた深い人間ドラマに織り上げている。

 中でも、フォンが保険証なしで受診できるという噂の病院を探して、雪の町をさまよい歩く場面が秀逸だ。南国生まれの女の子が、凍てつく寒さの中、誰にも頼ることなくとぼとぼと歩き続ける。そのこわばった表情からは、彼女の焦りと悲しみがにじみ出ていて、どんよりとしたうら寂しい町の風景と絶妙に交差する。岸建太朗撮影監督は、全編にわたって手持ちのカメラで彼女たちに寄り添いながら、ピントを外すことなく最大限に切ない思いを写し取る。寒さと孤独感を表出したセンスとテクニックは、見ほれるほどの見事さだ。

 今回はすべて日本を舞台にしているが、藤元監督は前作の「僕の帰る場所」では日本に加えてミャンマーでも撮影。その後、ミャンマー人女性と結婚し、同地を拠点に活動していた監督には、2018年8月にインタビュー取材でお会いしている。「文化的には非常に豊かな国で、衣装や街並み、食べるものなど、伝統がいまだに残っているんですよ」と、かの国にぞっこんほれ込んでいた。

 だがミャンマーでは今年2月にクーデターが勃発し、多くの市民に犠牲者が出ているのはご存じの通り。「僕の帰る場所」にはにぎやかで活気あふれるヤンゴンの市街地が映っているが、あの平和な光景は今では目にすることができないだろう。

 同じように、「海辺の彼女たち」に映し出された青森県のひなびた漁港の風景も、ベトナムでのオーディションで選ばれた3人の女優たちが見せる驚異のたたずまいや面持ちも、まさに今この時代、この作品にしか刻み込まれないものに違いない。その貴重な目撃者になるためには、やはりわざわざ映画館に足を運ぶことが大切なのだ。

 新型コロナウイルスは変異株の感染拡大もあり、用心に用心を重ねるに越したことはないが、細心の注意を払って、ぜひ、劇場へ。(藤井克郎)

 2021年5月1日(土)から、ポレポレ東中野など全国で順次公開。

©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

日本・ベトナム合作「海辺の彼女たち」から。東北の寂しい漁港に逃げてきたベトナム人技能実習生の3人だが…… ©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

日本・ベトナム合作「海辺の彼女たち」から。妊娠に気づいたフォン(ホワン・フォン)は、病院を探して雪の町を一人さまよう ©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films