夢破れた人たちの、それでも人生は続く 「東京バタフライ」の佐近圭太郎監督
約10日間の撮影期間中の記憶は、ほぼすっぽり抜け落ちている。「とにかく最後まで倒れずに走り抜けるぞ、という気持ちでやっていました」と、「東京バタフライ」(9月11日公開)で長編デビューを飾る佐近圭太郎監督(29)は打ち明ける。解散したバンドのメンバー4人の6年後を描いた作品で活写したのは、監督と同世代の若者が誰しも抱えるリアルな葛藤だ。「でも20代だけでなく、40代でも50代でも、理想の自分になれなかった人はいっぱいいるはず。今の自分とかつての自分を思いながら見てもらえたらうれしいですね」と、劇場公開を間近に控え、緊張気味にインタビューに応えた。(藤井克郎)
★4人の主人公が奏でるグルーヴ感
ボーカルの安曇(白波多カミン)、ギターの仁(水石亜飛夢)、ベースの修(小林竜樹)、ドラムの稔(黒住尚生)の4人による学生バンド「SCORE」は、メジャーデビューのチャンスを目前にしていた。レコーディング当日、だが安曇はどうしても譲れないことがあって、バンドは決裂してしまう。それから6年。介護士になった安曇は、担当するお年寄りの孫娘にギターを教えることになり……。
音楽を生活の糧にする者、音楽にしがみつこうとする者、音楽をすっぱり諦めた者と、20代も終わりに近づいた4人それぞれの生き方が交錯。本業はミュージシャンの白波多はじめ、等身大の若者を演じた4人の自然な立ち居振る舞いと、彼らの表情を多彩なカメラワークでとらえた映像表現とが相まって、映画はふくよかなハーモニーを奏でる。
「どちらかというと、4人が自発的にキャラクターの造形を深めてくれたというところがありますね。特に芝居の経験がほとんどないカミンさんに、ほかのキャストがいろいろとアドバイスをしてくれた。4人がずっと仲良く、グルーヴ感を保ってやっていたというのを、後から聞いて知りました。僕はもういっぱいいっぱいで、なかなかお芝居について話す余裕がなくて、それは申し訳なかったなと思っています」と佐近監督は振り返る。
★卒業制作で受賞も「まだまだ未熟」
千葉市で育った佐近監督は、父親が映画好きだったことで、小学生のころから毎週、映画館に連れていってもらっていた。テレビの金曜ロードショーでかかっていたスティーヴン・セガール主演のアクションものなどを録画しては、楽しんでいたという。
やがて中学になると、漠然と映画を作る仕事をやってみたいと思うようになる。宮藤官九郎脚本のテレビドラマが好きで、調べてみると日本大学芸術学部の出身だとわかった。「映画学科というのもあるらしいと知って、ここに入ってみたいな、と母親に話した気がします。中学2年のころでしたね」
ただ自分で映画を撮るまでには至らず、初めて作品を手がけたのは、目標通りに進学した日大芸術学部映画学科の実習でのことだった。卒業制作では、大学の同級生だった池松壮亮の主演で短編の「家族の風景」(2013年)を撮り、福岡インディペンデント映画祭の最優秀作品賞やTAMA NEW WAVEの特別賞などを獲得。池松はすでに俳優として名を成していたが、たまたまスケジュールが空いていて出てくれた。
「池松の力もあって、僕が当時やりたいなと思っていたことは体現できたのかなと思っています。ただ手応えみたいなものはまだまだというか、未熟な作品だなという思いは自分の中ではありましたね」
卒業後は映像制作会社に入って、テレビの刑事ドラマの助監督を務めていたが、心身ともに疲れ果てて1年で退職。その後は建築現場の荷揚げ作業や宅配便の仕分けなどのアルバイトをしながら、インディーズバンドのミュージックビデオを撮ったりしていた。そんなときに再会したのが、「走れ、絶望に追いつかれない速さで」(2015年)を撮ったころの中川龍太郎監督だった。
実は中川監督とは、学生のときに一度出会っている。同じ時期に同じ主演で映画を撮っていて、台風による撮影延期の連絡が遅れたことでものすごく怒られた。「申し訳なさ過ぎて、一生会えないな」と思っていたら、自分が撮ったミュージックビデオをたまたま見ていた中川監督から声がかかり、「四月の永い夢」(2018年)に助監督として参加。2018年4月には中川監督が所属する映画製作会社「Tokyo New Cinema」に入社し、いきなり長編映画を監督することになる。それが「東京バタフライ」だった。
★心が軽くなってもらえる映画を
もともと脚本家の河口友美さんの原案で、バンドの夢に破れた4人が再び集結して自分たちの音楽を取り戻すという話だった。佐近監督としては、夢破れた人たちのその後の人生に興味があり、河口さんと意見を交わしながら脚本を練り上げていったという。
「若い人に限らず、誰しも理想の自分を持ちつつ、そうはなれなかった。だけども、その後も人生は続いていく。そういう経験はあると思うんです」と話す佐近監督は、特に現代の20代は厳しい環境にあるのではないかと指摘する。
「今はYouTubeなどで、自分よりも能力のある人、カリスマ性のある人が、すぐに目に入ってくる。6歳児がプロ並みのドラムをたたいていたりしますからね。自分との差がより身近に相対的に可視化されてしまう時代です。ああ、この人にはかなわないな、というのに毎日触れて生きていると思うんです」
挫折は当たり前のように感じている。とはいえ生きていかないといけない。そういう時代でも、自分を肯定して生きていっていいんだと思ってもらえたら。そんな願いを込めて作ったのが、この映画だった。
「スポットライトが当たらない、注目されない人たちへの興味がすごくある。声は大きくないけれど、何か秘めているものがある人たちを描いた作品を作りたい、というのは思っていますね。世の中のほとんどはそういう人ですし、自分も華があるタイプではないですから」
映画には、本当につらいときに見て、何度も救われた。例えば中川監督の「雨粒の小さな歴史」(2012年)を見たのは、ちょうど精神的に参っていたころで、なぜか号泣してしまった記憶がある。映画はなくてはならないものではないかもしれないが、でもあった方がいいものだと思っている。
「誰か一人でも救うことができたら、と言ったら大げさですが、心が少し軽くなってもらえるような、そんな映画を作れたらいいですね。それが映画の強みだなと思うんです」としっかり前を見据えた。
◆「東京バタフライ」(2020年/日本/82分)
監督・編集:佐近圭太郎 脚本:河口友美 音楽:白波多カミン 撮影:星潤哉 チーフプロデューサー:和田丈嗣 プロデューサー:新井悠真
出演:⽩波多カミン、⽔⽯亜⾶夢、⼩林⻯樹、⿊住尚⽣、松浦祐也、尚⽞、松本妃代、⼩野⽊⾥奈、浦彩恵⼦、熊野善啓、福島拓哉
主題歌:白波多カミン with Placebo Foxes「バタフライ」(日本コロムビア)
制作:WIT STUDIO Tokyo New Cinema 配給:SDP
2020年9月11日(金)から、アップリンク吉祥寺など全国で順次公開。
©2020 WIT STUDIO/Tokyo New Cinema
20代で長編初監督作「東京バタフライ」が劇場公開される佐近圭太郎監督=2020年9月3日、東京都武蔵野市の吉祥寺SHUFFLE(藤井克郎撮影)
学生バンド「SCORE」の4人組はメジャーデビュー寸前にまでいったが…… ©2020 WIT STUDIO/Tokyo New Cinema