第64夜「クシナ」速水萌巴監督
海外から日本に派遣されているジャーナリストたちの記者クラブ、日本外国特派員協会では、ときどき映画の試写会が開かれる。上映後には監督や出演者を招いて記者会見が開かれており、過去にも「TOKYO TRIBE」(2014年、園子温監督)や「斬、」(2018年、塚本晋也監督)といった世界が注目する映画作家の会見に潜り込んだことがある。
新型コロナウイルスの感染拡大でしばらく行われていなかったが、自粛明け最初の上映が「クシナ」だった。これが長編デビューという無名の女性監督の作品だが、それだけ海外で高い関心が持たれているということなのだろう。
舞台は日本のどこか、緑濃い山の奥深く。人類学者の蒼子(稲本弥生)は、人知れず女だけで暮らしている閉鎖的な村の存在をつかみ、後輩の恵太(小沼傑)とともにその場所を突き止める。その村では、鬼熊〈オニクマ〉(小野みゆき)がすべてを支配し、男の進入を許さなかったが、予期せぬ闖入者に女たちは混乱する。母親であるオニクマに反発する鹿宮〈カグウ〉(廣田朋菜)は、14歳になる娘の奇稲〈クシナ〉(郁美カデール)を外の世界に送り出したいと蒼子に持ちかけるが……。
といったストーリーが本当に合っているのかどうかさえあやふやになるくらい、印象的なイメージの連続で映画は推移する。緑の森の中を流れる清らかなせせらぎは日本の自然そのものだし、女たちが暮らす木造小屋やふわっとした衣装は和のテイストをまとう。一方で彼女たちの横顔を映し出す光と影のコントラストは17世紀のオランダ絵画を彷彿とさせ、ラストはドリス・デイで締めるというユニークさ。和と洋の絶妙なバランスが独特の世界観を形成する。
さらに特筆すべきは、女優たちの美しい表情だ。蒼子のせりふに「閉鎖的なコミュニティーには美しさがある」といった言葉があるが、それを見事に映像化している。撮影当時はまだ9歳だった郁美カデールから、16年ぶりに撮影に臨んだ小野みゆきまで、演じる役と本人とがクロスする美しい瞬間瞬間をカメラが確実にとらえており、アップの描写を眺めているだけで映画の力というものを強く感じる。
実はこの作品は2018年に完成し、米ニューヨークで開かれる日本映画の祭典、JAPAN CUTSに招待されるなど高い評価を受けたものの、劇場公開まで2年の月日を要した。日本外国特派員協会での記者会見で、その点について尋ねられた速水萌巴監督は「私のインタビュー記事を読んだ母がショックを受けたのが理由だった」と打ち明ける。
あまりにも自分と母親との関係が色濃く反映されていて、しばらくは人に見せることができなかったそうで、それほど個人的な思いが詰まっているということだろう。確かにオニクマとカグウ、クシナとのやりとりは複雑で奥深く、その背景や深層は簡単に触れることができないような崇高さがある。特に母でも娘でもない当方のような立場には、おいそれとは論評できないものがあるような気がした。
会見の最後で速水監督は、自分はファンタジーがすごく好きで、世界中のファンタジー映画を見て育っているが、日本のファンタジー映画はあまり目立ったものがない、と語っていた。「せっかく日本にはいろんな風景、文化、物語があるので、それをもっと生かしたファンタジーをこれからどんどん世界に輸出していけたらいいなと思っています」と意欲を見せていたが、思い切り頼もしい新人監督の誕生にうれしくなった。(藤井克郎)
2020年7月24日からアップリンク渋谷などで順次公開。
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日本映画「クシナ」から。女だけの村で育った少女、奇稲〈クシナ〉(郁美カデール)は…… © ATELIER KUSHINA
日本映画「クシナ」から。女だけの村に君臨する鬼熊〈オニクマ〉(小野みゆき) © ATELIER KUSHINA