苦境の中でも個性を貫く ユーロスペース(東京都渋谷区)

 新型コロナウイルスで、全国のミニシアターが苦境に立たされている。1982年の開館以来、ミニシアター文化を牽引してきた東京・渋谷のユーロスペースも例外ではない。東京都の自粛が解除になった6月1日から営業を再開したものの、ソーシャルディスタンスを保った入場制限もあって、以前のようには客足が戻ってきていないという。1987年から支配人を務めている北條誠人さん(58)は「これからは競争ではなく、共同の時代になると思う」と、ミニシアター間の横のつながりの重要性を強調する。(藤井克郎)

★その日その日がやっとの毎日

 かつて東京有数の花街として栄え、今もラブホテルがライブハウスやクラブといった若者文化と共存している渋谷・円山町。この一角に2006年に移転してきたユーロスペースは、まさにこの街を象徴するように多種多様な文化を提供する映画館として幅広い層に愛されてきた。だがコロナ騒動が起こる前と同じ賑わいは、まだまだ取り戻せそうにない。

「若い人は早くに戻ってきたが、シニア層は慎重ですね。観客の年齢層が高い朝や昼の回はすいているなと感じます」と北條支配人。確かに取材に訪れたのは平日の昼下がりだったが、10人ほどの観客がぽつんぽつんと座っているという状態だった。しかも全国興行生活衛生同業組合連合会(全興連)のガイダンスに沿って1席ずつ空けて着席してもらっているため、満席になっても通常の半分しか入場できない。このままの制限が続くと、経営は相当厳しくなると北條さんは打ち明ける。

「いつも満席になっているわけじゃないじゃないか、とよく言われるが、ヒットしたときにドカンと稼ぐのが劇場の常なので、どんなに入っても半分だと稼ぎきれない。今の制限のままだとその日その日を生きていくのがやっとで、攻めるというか、次の手を考えることができないんです」と苦悩の表情を浮かべる。

★次の段階に進む監督の背中を押す

 法政大学在学中、映画上映を企画する活動をしていた北條さんは、映画の仕事に就きたいとユーロスペースに入社。当時は同じ渋谷の桜丘町に劇場があり、20代のころから支配人として映画ファンと向き合ってきた。

「作品を選ぶときは、この映画を上映することで少しは変わるんじゃないかという思いがありますね。大げさに言えばそれは社会ということになりますが、見てくれた人が何かちょっとでも変わってくれたらいい。例えば、イラン人と言えば上野公園で偽造テレカを売買している怪しい人というイメージだったのが、イラン出身のアッバス・キアロスタミ監督の映画によって、その印象が変わったような気がする。人と話していると、あ、この人はこういう映画から影響を受けて、こういう映画が好きなんだな、とわかるときがありますね」

 北條さんがそんな映画の力を実感した最近の作品に、片渕須直監督のアニメーション「この世界の片隅に」(2016年)がある。戦争の時代を生きた人たちを生き生きと見せるためにディテールを丁寧に積み重ねていて、見終わったとき、何か自分が変わったと感じたほどだったという。

「片渕さんにとっても、それまでの自分の作品と違う段階に行くために必要な映画で、勝負をかけてきた作品だった。同じように、森達也監督の『FAKE』(2016年)や塚本晋也監督の『野火』(2014年)、瀬々敬久監督の『ヘヴンズストーリー』(2010年)など、監督が次のステップに進むために作った映画を上映しているときの面白さ、楽しさというのは一番かなと思うし、そこにお客さんがちゃんと来てくれると、こんなにうれしいことはないですね」と、上映の醍醐味について語る。

★競争から共同の時代に

 コロナ禍をきっかけに、映画監督や俳優らが呼びかけ人となって、政府にミニシアター支援を求めるプロジェクト「#SaveTheCinema」が発足し、全国から9万人を超える署名が集まった。同じように政府の支援を訴える小劇場やライブハウスの関係者と一緒になって要望書を内閣府や文化庁に提出したが、北條さんも同行。演劇、音楽というこれまで付き合いのなかった分野の人たちと行動を共にしたことで、新たな学びがあったという。

「あまりにも慣れていなかったというか、これまでそういう活動は熱心にやってこなかったことに気づいた。舞台芸術や音楽の人たちと連携していくことも必要だし、ミニシアター同士でもやれることがあれば、積極的に一緒にやっていった方がいい。これまではほかのミニシアターとは競争関係だったが、共同の時代になっていかないといけないのかもしれませんね」

 そんな中でも、劇場の個性はやはり大事にしていきたい。7月4日から上映の始まる「もち」(小松真弓監督)は、岩手県一関市を舞台に、地元の人たちが自分自身を演じるフィクションともノンフィクションともつかぬ作品で、61分という短さもあって、なかなか映画館ではかかりにくいタイプの映画だ。ユーロスペースでは、自粛前の3月にも、女優の原田美枝子が自分の母親のことを見つめた初監督作「女優 原田ヒサ子」という24分の映画を公開している。

「杓子定規に、気に入った、気に入らない、で選ぶんじゃなく、ユーロスペースを利用して何ができるのか、という問いかけもしてみたい。『もち』なんかはその典型で、素人を使った60分の映画をなぜユーロスペースに持ってきたのか、というところから入って、じゃあやってみようか、となった。監督は、ユーロスペースでよく映画を見てくれていたみたいで、自分たちが選んで上映してきた作品が、そうやって作り手に影響を与えてきたかもしれない。もうちょっと劇場も大らかに受け入れてもいいのかなと、最近は感じるようになってきましたね」と北條さんは、ミニシアターの使命感を口にしていた。

 ユーロスペース 1982年、渋谷区桜丘町にオープン。2006年に現在地に移転し、145席と92席の2つの劇場を抱える。東京都渋谷区円山町1-5KINOHAUS3階。

再開はされたものの、客足はコロナ前のレベルには戻っていない=2020年6月8日、東京・渋谷のユーロスペース(藤井克郎撮影)

「競争から共同の時代に考え方を変えていかないと」と語る北條誠人支配人=2020年6月8日、東京・渋谷のユーロスペース(藤井克郎撮影)