第328夜「今は昔、栄養映画館の旅」竹田正明監督

 いきなりの私事で恐縮だが、このたび人生初の単著を上梓することになった。昨2025年に半年かけて全国に存在する100年もの歴史を誇る映画館10館を巡った旅の記録で、「百年映画館」(草思社)の書名で3月末に書店にお目見えする予定だ。古い映画館がある町に暮らす人々の映画への思い、記憶に加えて、食や風土といった地域文化の一端にも触れるような内容で、手軽に読める旅行記になっているのではないかなと思っている。

 この取材で訪れた映画館のうち何カ所かで見かけたのが、「今は昔、栄養映画館」の朗読劇のポスターだった。俳優の柄本明率いる劇団東京乾電池の団員らが、2025年5月に1カ月かけて全国のミニシアターを巡回して公演を行うというもので、へえ、映画館で生の芝居をやるんだ、と新鮮な驚きとともにいささかの興味を抱いたものだ。ただほとんどの場合、1カ所で1回だけの公演だったようで、実際に舞台を見ることはかなわず、また次の機会があったら見にいってみたいな、くらいにしか思っていなかった。

 その旅の記録がドキュメンタリー映画になった。2025年5月1日の埼玉県は川越スカラ座を皮切りに、関東、東海、四国、中国、近畿、愛知、長野、そして5月31日の新潟シネ・ウインドまで24館を回った一部始終に、この作品が初のメガホンとなる竹田正明監督が密着。「今は昔、栄養映画館の旅」のタイトルで、東京の名画座を皮切りに全国のミニシアターで順次、公開される。

 映画の冒頭、密着取材を申し出る竹田監督に、座長の柄本が返す言葉が強烈だ。いわく「仲間うちだけで回りたいんだよね。だから質問は何もしなくていいよ。一切、聞いてくれるな」と。

 すわ、1カ月に及ぶ緊張の旅記録か。と思いきや、いざ公演に出発すると、柄本は実によくしゃべる。移動はレンタカーのハイエースで、柄本は助手席で靴を脱いでくつろぎながら、後ろの席の劇団員スタッフらのおしゃべりにちょこちょこと口を挟む。公演先の映画館でも問わず語りでカメラに向かってぼそぼそつぶやくかと思えば、公演後の打ち上げの席では映画館関係者と映画談議に花を咲かせる。いろいろな監督の「用意、スタート!」の言い方に話が及んだときの山田洋次監督の物まねなんて、腹を抱えて笑ってしまった。

 舞台の概要については字幕などで簡単に触れるだけで、見ているこちら側としては、さて柄本たちは何をしようとしているのか、最初の方はあまりよく分からない。演目は劇作家、竹内銃一郎による1983年初演の2人芝居「今は昔、栄養映画館」で、今回は朗読劇というスタイルで柄本と東京乾電池の劇団員である西本竜樹の2人が出演。柄本は映画監督、西本は助監督という役柄で、どうやら映画の完成記念上映会が開かれるというのに、開始予定の5分前になっても観客が1人も現れないというシチュエーションのようなのだが、それも全容を見せるわけではないから推測の域を出ない。

 それよりもこの映画では、柄本たち劇団員がこの24もの映画館を巡る旅公演を通してどのような触れ合いがあったのか、公演が行われた各地の人々は何を得たのか、何よりなぜ映画館だったのか、というところに力点が置かれている。行く先々で大入り満員の観客が詰めかけ、スクリーン前にしつらえた舞台に向かってどっと笑いの声を上げる。中には舞台の上にまで観客が座っているところもあって、熱烈歓迎ぶりは尋常ではない。上演後はサインを求める長い列ができ、カメラを構える人たちに柄本も気さくに応じ、支配人ら劇場関係者も「こんなに客席が埋まったのは見たことがない」と相好を崩す。そう、公演の日の映画館はどこも笑顔であふれているのだ。

 それに柄本自身も映画好き、映画館好きということが画面の端々から感じられて、同じく映画館大好き人間としてはたまらないんだよね。劇場に足を踏み入れるなり、「ああ、映画館だあ」だの「いい劇場ですね」だのと感嘆の声を上げたりする。神戸・新開地のパルシネマしんこうえんに行ったときは、空き時間を利用して上映中の小津安二郎監督作「晩春」(1949年)を鑑賞。上映後は竹田監督相手に小津作品の「風の中の牝鶏」(1948年)について滔々と持論を述べるなど、何とも豊かな時間が刻み込まれている。

 お相手をする竹田監督も映画への愛情、造詣が半端ではなく、柄本とのやり取りは当意即妙で深く楽しい。聞けば、この旅公演と映画化を企画した脚本家で映画監督でもある荒井晴彦をはじめさまざまな監督の元で助監督を務めており、柄本ともよく知った間柄だという。「映画館って生き物という感じがする。生っぽい場所だから」と話す柄本を受けて、「どこも映画館自体が喜んでいたようだった」と返す言葉は、けだしこの映画の全てを物語っている。

 冒頭の「質問しないでいいよ」という柄本の一言はブラフだったのか、とも思う打ち解けようだが、いやいや、そうではないだろう。映画館という大勢の人々を楽しませてきた場の持つ魅力が柄本をして警戒心を解き、饒舌たらしめたに違いない。この映画を見て、さらに声を大にして言いたくなった。皆さん、もっと映画館に行きましょう。(藤井克郎)

 2026年3月14日(土)から19日(木)まで東京・池袋の新文芸坐、20日(祝)にシネマヴェーラ渋谷、4月4日(土)から10日(金)まで早稲田松竹で上映。以後、全国で順次公開。

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竹田正明監督「今は昔、栄養映画館の旅」から。各地の映画館でスクリーンを背に、柄本明(右)と西本竜樹の朗読劇が演じられた ©KNOCKOUTinc.

竹田正明監督「今は昔、栄養映画館の旅」から。公演後は夜な夜な各地で打ち上げが…… ©KNOCKOUTinc.