第326夜「木挽町のあだ討ち」源孝志監督

 確かに時代設定は江戸後期の文化年間だし、タイトルに「あだ討ち」なんて付いているし、何より主演の柄本佑はじめ、出演者が羽織袴姿のビジュアルがどんどん出まくっているのを見てもまごうことなき時代劇ではあるんだけど、いわゆる伝統的なチャンバラ映画を思い浮かべると、これがいい意味で大いに裏切られる。何しろ名探偵が推理を働かせる本格ミステリーでもあり、「スパイ大作戦」シリーズのような手に汗握る集団サスペンスでもあり、さらには大ヒット映画の「国宝」にも通ずる歌舞伎の舞台裏を垣間見ることもできる。とまあ、日本の娯楽映画のあらゆる要素が豪華にちりばめられた何とも贅沢なエンターテインメントに仕上がっていた。

 まず何と言ってもユニークなのは、主人公のいわゆる探偵役がなかなか登場しないということだ。これは源孝志監督も言及しているように、推理物テレビ映画の名作「刑事コロンボ」のスタイルを踏襲している。中学生のころ、晴れているのにわざわざレインコートを着て学校に通うくらい「刑事コロンボ」にはまっていた身としては、この構造だけでももうわくわくしてしまう。

 原作は永井紗耶子の同名小説で、映画は冒頭であだ討ちの全容をたっぷりと見せる。江戸・木挽町と言うから現在だと東銀座の歌舞伎座がある辺りか。雪の夜、芝居小屋の森田座では歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」が大入り満員の千穐楽を迎えていた。芝居が跳ねた直後のこと、美濃遠山藩士の伊納菊之助(長尾謙杜)が森田座脇の空き地で、父を殺して逃げていた作兵衛(北村一輝)にかたき討ちを挑み、見事に本懐を遂げる。その一部始終を、森田座から出てきた大勢の見物客が目撃しており、菊之助が作兵衛の首級を高々と掲げる様子をしっかりと目に焼き付けていた。

 だがその1年半後、菊之助の縁者という元遠山藩士の加瀬総一郎(柄本佑)が、遠く美濃から森田座にやってくる。あだ討ちの顛末を知りたいという総一郎は、呼び込みの一八(瀬戸康史)、殺陣の与三郎(滝藤賢一)、衣装のほたる(高橋和也)、小道具の久蔵(正名僕蔵)、その妻、お与根(イモトアヤコ)、そして戯作者の篠田金治(渡辺謙)と森田座関係者に次々と聞き込みをするが……。おっと、ここからは本格ミステリーだけに、絶対に言っちゃならねえ。

 源監督が自ら脚本も手がけた構成は、この総一郎の謎解きの妙味に、国元で何が起きたかという描写を絡めて、徐々に事の真相を解き明かしていく。この「徐々に」のさじ加減が絶妙で、まさに見ているこちら側も総一郎と同じように推理を楽しんでいたら、これが終盤は予期せぬ方向に連れていってくれて、見事にしてやられたな、となる。推理劇において「してやられた」という感覚ほど、必要欠くべからざるものはないだろう。

 さらに映画ならではのお楽しみの仕掛けも盛りだくさんで、作り手がみんな束になって観客を最高に喜ばせたいと思っていることが見て取れる。例えば美術セット一つとっても、森田座の舞台に客席、衣装部屋と、さすがは時代劇の伝統を誇る東映京都撮影所の作品だけに隙がないし、衣装も殺陣も絢爛華麗で、雪が舞い散る中のあだ討ち場面なんてほれぼれするくらい魅惑的だ。

 演じる役者も一人一人キャラクターが立っていて、それでいて集団劇としての面白みも十分に味わわせてくれる。脇役中の脇役とも言える正名僕蔵が、まさかここまで印象に残るとは思ってもみなかったし、かと思えば沢口靖子や野村周平といった主役級がいともさらっと顔を出す。主要な役回りがそれぞれ娯楽の要素の一つとして機能していて、居心地ならぬ見心地がいい。

 もちろん柄本佑と渡辺謙という芸達者同士が相対する妙味も外せないが、何よりも登場人物の個性を巧みに生かしつつ、物語をぐいぐい引っ張っていく源監督のバランス感覚が光る。60代半ばに差しかかる源監督は、映画監督としては「大停電の夜に」(2005年)や「CHiLDREN チルドレン」(2006年)など決して多作ではないが、テレビドラマは「京都人の密かな愉しみ」シリーズ(NHK BS、2015年~)、「スローな武士にしてくれ~京都 撮影所ラプソディー~」(NHK BS、2019年)といった数々の作品の作、演出で高い評価を獲得。「グレースの履歴」(NHK BS、2023年)では優れたテレビドラマの脚本作家に贈られる向田邦子賞に輝いている。「木挽町のあだ討ち」で映画でもその手腕を見せつけた今、さらなる飛躍をスクリーンで展開してほしい。(藤井克郎)

 2026年2月27日(金)、全国公開。

©2026「⽊挽町のあだ討ち」製作委員会 ©2023 永井紗耶⼦/新潮社

源孝志監督「木挽町のあだ討ち」から。あだ討ちの顛末を探りに江戸に出てきた加瀬総一郎(柄本佑)は…… ©2026「⽊挽町のあだ討ち」製作委員会 ©2023 永井紗耶⼦/新潮社

源孝志監督「木挽町のあだ討ち」から。加瀬総一郎(中央、柄本佑)は戯作者の篠田金治(手前、渡辺謙)ら森田座の関係者に聞き込みをする ©2026「⽊挽町のあだ討ち」製作委員会 ©2023 永井紗耶⼦/新潮社