第313夜「港のひかり」藤井道人監督

 藤井道人監督と言えば、人間の本質に迫る深遠なテーマをモチーフに、極端に薄暗い照明や真横や斜めのカットなど、かなり大胆な絵づくりで表現する映画作家だなと思っている。個人的にはその異次元の融合がツボにはまって、絶対に見逃すことができない監督の筆頭格なんだけど、そんな進取の気風に富んだ俊英が、正統の娯楽大作を数多く手がけてきた名キャメラマン、木村大作と組むとどうなるのか。この興味一点だけでも「港のひかり」を見る価値はあるし、大いに満足すること請け合いだ。

 作品の舞台は日本海に面した小さな漁村。細々と漁師をして暮らしている独り身の三浦は、かつてはヤクザとして組長の覚えもめでたい幹部候補だった。今ではすっぱりと足を洗った彼は、「強さというのは誰かのために生きられるかだ」との親分の教えを胸に、人様に迷惑を掛けることなく慎ましく生きてきた。

 そんな三浦がある日、同級生にいじめられている白い杖の少年、幸太を見かける。目の不自由な幸太は両親を交通事故で亡くし、ろくに面倒を見ない叔母に引き取られて、その交際相手から日常的に暴力を振るわれていた。何度か漁船に誘って交流を続けるうち、幸太に視力回復の手術を受けさせてやりたいと願うようになった三浦は、ヤクザから大金を奪う。こうして手術を受ける手はずを整えて、三浦は幸太の前から姿を消した。

 と、ここから時間は12年後に飛んで、手術が成功して目が見えるようになった幸太の成長した姿が描かれる。子どものころの幸太は、三浦のことを気骨のある元刑事と思い込んでいて、目標とする三浦に近づきたいと自分も刑事になる。何度も会っていながら一度も目視してはいない憧れのおじさんと再会するのか否か、という部分も含めて、いかにも人間臭いドラマチックな展開が待っていて、ぐいぐい引き込まれる。

 この骨太なストーリーを、藤井監督自らがオリジナル脚本で構築したというだけでも称賛に値するが、役者陣の存在感といい、映像の力強さといい、これぞ映画、といった魅力がスクリーンの端々からほとばしっていて、すっかり魅了されたというのが正直なところだ。そもそも冒頭、日本海の荒波の風景に、いきなりスタッフとキャストの名前が縦書きで次々と現れるところからして、いかにも日本映画然とした、しかも長く日本映画の娯楽の側面を支えてきた東映の気概が感じられて、のっけから込み上げてくるものがあった。

 まず何より、その東映が得意としてきた男たちの群像劇の面白さだ。元ヤクザの漁師という屈折した主人公を演じる舘ひろしに、真っ正直に成長した青年役の眞栄田郷敦を中心に、斎藤工、ピエール瀧、一ノ瀬ワタル、赤堀雅秋、市村正親、宇崎竜童、笹野高史、椎名桔平と、いかにもかっこつけた野郎どもが、善悪入り乱れて男臭いたたずまいを発揮。まさに鶴田浩二や高倉健らが築いてきた義理人情のお家芸を継承しつつ、令和の時代に即した弱さ、生真面目さも描写する。

 中でも後半にしか登場しない眞栄田の表現力たるや、さすがは千葉真一を父に持つだけのことはある存在感だ。子ども時代を演じた歌舞伎界のプリンス、尾上眞秀の目の見えない演技も見事なまでに自然で、時を隔てて眞栄田に成長するということに全く違和感がない。お互いに作用し合ってこその効果だろうし、その意識を引き出した藤井監督の演出力も大したものだ。

 加えて、彼ら男たちのリアリズムを表象するフィルム撮影の映像の力がすさまじい。特に高台に据えられたカメラから港を見下ろす超ロングショットのパノラマは、「誰かのために生きる」という三浦の信条を示しているかのようにしっかりと地に足がついている。港は時には猛吹雪に見舞われることもあるし、漁船の周りにはおびただしい数のカモメが群がってくるときもある。それら自然の実相も余すところなく捉え、でも主人公たちの信念を描出するかのように揺るがない。「八甲田山」(1977年、森谷司郎監督)や「復活の日」(1980年、深作欣二監督)、「鉄道員(ぽっぽや)」(1999年、降旗康男監督)と、さんざん大自然の脅威と向き合ってきた木村キャメラマンの経験がにじみ出ている映像であり、その覚悟は確実に藤井監督はじめスタッフ、キャストにも伝播していることが分かる。

 木村キャメラマンには、「わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語」(1996年、大森一樹監督)や「誘拐」(1997年、大河原孝夫監督)の撮影現場取材でお会いしたことがあるが、誰が監督か分からないくらい現場を仕切っていて、そのパワーに圧倒された覚えがある。後には「劔岳 点の記」(2008年)で自ら監督に進出。第2作の「春を背負って」(2014年)のときは立山ロケにお邪魔して、「俺は人間の感情を撮りたいんだ」との至言を聞いている。「CGで作っちゃえば楽なんだけど、ちゃんと撮ろうよ。このワンカットだけで絵が全然違うよ」とスタッフに大声で指示を出していた姿が思い出される。

 今回の「港のひかり」の映像には、さらにものすごいものが映り込んでいる。作品の中で特定されているわけではないが、この映画は石川県輪島市でもロケが行われていて、撮影後の2024年1月1日に能登半島地震が発生。映画に映っている場所も大きな被害を受けたという。そういう意味で、この映画は地震前のこの地の貴重な映像記録でもあり、ここに生きる人々の感情の記憶でもある。改めて思う。何て映画なんだ。(藤井克郎)

 2025年11月14日(金)、全国公開。

© 2025「港のひかり」製作委員会

藤井道人監督「港のひかり」から。三浦(左、舘ひろし)は成長した幸太(眞栄田郷敦)と12年ぶりに再会するが…… © 2025「港のひかり」製作委員会

藤井道人監督「港のひかり」から。三浦(右、舘ひろし)は目の見えない幸太(尾上眞秀)を漁船に誘う © 2025「港のひかり」製作委員会