第304夜「Dear Stranger/ディア・ストレンジャー」真利子哲也監督
是枝裕和監督を筆頭に、最近は日本の映画人もどんどん海外に飛び出していって、世界中のさまざまなクリエイターと刺激的な作品を生み出している。この数カ月を見ても、早川千絵監督の「ルノワール」、石川慶監督の「遠い山なみの光」、宇和川輝監督の「ユリシーズ」と、海外で修業を積んだ俊英が国際的な座組みで取り組んだ話題作が相次いで劇場公開されていて、大いに楽しませてもらっている。
「ディストラクション・ベイビーズ」(2016年)の真利子哲也監督が自らのオリジナル脚本で撮った最新作「Dear Stranger/ディア・ストレンジャー」も、世界中の多彩な映画人が集結して作り上げた意欲作だ。日本、台湾、アメリカの合作で、全編ニューヨークで撮影している。真利子監督は日本生まれの日本育ちで、法政大学から東京芸術大学の大学院に進んで映画の勉強をした後も、日本を拠点に活動していたが、2019年3月から1年間、ハーバード大学ライシャワー研究所に客員研究員として派遣されたのが転機となった。滞米中、シカゴ国際映画祭で審査員を務めた際に、この作品の構想を練り始めたという。
廃墟を専門とする日本人研究者の賢治は、人形演劇を手がける台湾系アメリカ人の妻、ジェーンと一粒種の幼いカイとともにニューヨークで暮らしていた。ジェーンは演劇活動のかたわら年老いた父親が営む小さなストアを手伝っていたが、ある日、ジェーンとカイが店番をしているときに強盗団が侵入。2人は無事だったものの、ジェーンの父親が護身用にと拳銃を預ける。その拳銃を保管していた車も何者かに落書きされ、さらには賢治がカイを連れて研究施設に行っている最中、カイが行方不明になる。賢治とジェーンの距離が徐々に離れていく。
賢治を西島秀俊、ジェーンを「薄氷の殺人」(2014年、ディアオ・イーナン監督)など台湾を代表する俳優のグイ・ルンメイ(桂綸鎂)が演じているほか、アジア系、ヒスパニック系、アフリカ系とさまざまな役柄が登場。スタッフも日本、アメリカなどの混成部隊で構成されている。何よりもニューヨークで撮影された空気感が現代の都市の空虚な孤独感をまとっていて、廃墟という賢治の研究テーマをそっくりそのまま映画に持ち込んだ印象だ。
ストーリーも決して難解というわけではないが、あえて矛盾や思いつきを強調しているのか、つじつまが合わないことだらけで、それも恐らく真利子監督のイメージ通りなのだろう。賢治が妻と初めて出会った場所という廃墟と化した劇場で、賢治が拳銃をぶっ放したときの瞬間の映像は一体何だったのか。ジェーンが所属する人形劇団のメンバーがみんな聾唖者なのはどういう設定なのか。それらところどころに現れる不思議な引っかかりが、何の説明もなく無骨に流れていく。
それでいて廃墟の劇場は思いっ切り味があって映画を象徴させる存在だし、ジェーンが扱う巨大な人形の表情には脳裏に刻み込まれて離れないほど強烈な創造性がある。肝心なときに「寝ていた」とか「部屋にいた」とかちょっととぼけた賢治の行動も謎だし、何か瞬間、瞬間の名状しがたい行動なり考えなりを映像と音で表現したらこうなった、といった感じで、本来なら緻密なプロットの上に成り立たせるべきミステリーを即興で作り上げたような破天荒さだ。それを国際的なプロジェクトでやりおおせたのだから、真利子監督、実に恐るべし。
真利子監督には2016年3月、初の商業映画となった「ディストラクション・ベイビーズ」の公開前にインタビュー取材をしたことがあるが、「単なるエンターテインメントだけだったら、多分テレビでもできると思う。映画でやる以上、少し考えさせるものが撮りたい」などと話していた。確かにこんなに考えさせられる娯楽映画って、そうそうはないかもしれないね。(藤井克郎)
2025年9月12日(金)から、東京・日比谷のTOHOシネマズ シャンテなど全国で順次公開。
©Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.

真利子哲也監督「Dear Stranger/ディア・ストレンジャー」から。幼い一人息子が行方不明になった賢治(西島秀俊)は…… ©Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.

真利子哲也監督「Dear Stranger/ディア・ストレンジャー」から。一見、穏やかそうな賢治(右、西島秀俊)とジェーン(左、グイ・ルンメイ)夫婦の家族だったが…… ©Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.