第286夜「Page30」堤幸彦監督

 映画には作品の良しあしとは別に、相性が合う、合わない、があるような気がする。こうやって映画についてああだこうだと書いている以上、あらゆる上映作品を見て深く掘り下げるべきなのかもしれないが、とてもじゃないがすべてを視聴することはできない。どうしても押さえておきたいと判断したものをつまみ食いする程度でお茶を濁している、というのが正直なところだ。

 その伝で言うと、堤幸彦監督の作品は相性がよくないというか、ちょっと苦手にしていると言えるかもしれない。「金田一少年の事件簿」(1995年、日本テレビ)や「TRICK」(2000年、テレビ朝日)といった人気テレビシリーズも含めてめちゃくちゃ多作だし、原作ものを手広くこなしているということはそれだけ評価されている証拠だろうけれど、すごくわかりやすくて万人受け狙いというイメージがあるんだよね。予定調和調の感動巨編「天空の蜂」(2015年)を最後に、もういいかな、と勝手に決めつけてしまっていた。

 それが今回、堤監督が自らの原案を基に映画化した新作「Page30」を見てみようと思ったのは、DREAMS COME TRUEの中村正人がエグゼクティブプロデューサーを務め、新たに東京・渋谷に開設するテントシアター「渋谷 ドリカム シアター」をメイン上映館にして公開すると知ったからだ。テント型の映画館と言えば、鈴木清順監督の「ツィゴイネルワイゼン」(1980年)などの上映のためにプロデューサーの荒戸源次郎氏が設営した移動式のシネマ・プラセットが伝説になっているし、唐十郎主演の「海ほおずき The Breath」(1996年、林海象監督)をゆかりの新宿・花園神社の紅テントで見たこともある。ゆうばり国際ファンタスティック映画祭でもテント劇場を体験しているけど、既成の映画館とは違って映画の原初体験のような野趣が味わえるんだよね。

 そんな前衛性を帯びたテント上映に、堤作品の大衆性がマッチするのだろうか。興味津々で「Page30」の試写を見に行ったところ、あに図らんや、むしろ実験的とさえ言えるとことんまで振り切った個性派作品で、確かにこんなにもテント劇場にふさわしい映画はないのかもしれないなと感じた次第だ。

 とあるスタジオに集められた4人の女優が30ページの台本を渡され、演出家もいない中、3日間の稽古を経て4日目に本番の舞台を務めるよう命じられる。誰がどの役を演じるのかは決まっておらず、4人全員が4人の登場人物のせりふすべてを覚えなくてはならない。

 映画でのキャリアが長い琴李(唐田えりか)は当然、自分が主役をやるものと自信たっぷりで、舞台役者の咲良(広山詞葉)の大仰なせりふ回しをばかにする。なぜか調整役を任ぜられている遥(林田麻里)は他の3人から不審がられるし、歌手が本業だという樹利亜(MAAKIII)はろくにせりふをしゃべることができない。どこか訳ありの4人が、いがみ合い、ののしり合いながら、必死の態で3日間の稽古にぶつかっていく。運命の4日目、果たして舞台の幕は開くのか。

 という展開は、そのまま演じている当の本人にも当てはまるようなメタ構造で、映画撮影そのものも相当な葛藤があったに違いないと思われる。いや、むしろ彼女たちは、自分が演じている女優たちの演技と、その女優が臨んでいる舞台劇の4役すべてを演じなければならず、必死でせりふを覚えている姿は演技上の彼女たちなのか、それとも生身の彼女たちなのか、見ているうちに何だかよくわからなくなってくる。

 特にすさまじいのが、実像もミュージシャンである樹利亜役のMAAKIIIで、沖縄出身の自らを投影するように、最初の稽古シーンではなまりの強い棒読みのせりふで、態度もおどおどとして謝ってばかり。それが他の3人にばかにされ、刺激を受けていくうちに、見る見るうちに役になり切って感情を巧みにコントロールするまでになる。これは樹利亜の成長なのか、それともMAAKIII自身が変化したということなのか。ストレスから感情を爆発させたり、涙で顔をぐちゃぐちゃにしたり、一体どのように自らを追い込んだらこんな多彩な表情が出せるのか、もう驚くほかない。MAAKIII自身の表現力とともに、堤監督の本気度を見た気がした。

 他の3人も、3日間の稽古を通じて徐々に変わっていく役の姿が演じている本人にもかぶって見えて、映画や演劇の枠を超えた芝居の原点に触れている感覚にさせられる。演じるということの本質を突いた珠玉のせりふもばんばん飛び出してきて、これまで堤監督作品を敬遠していたわが身を恥じるばかりだ。

 さらに音楽がまた、この緊迫感あふれる映像世界を見事に彩っているんだよね。エグゼクティブプロデューサーを兼ねて音楽を担当した中村正人に加えて、アメリカを拠点に海外で活躍するジャズピアニストの上原ひろみが、即興的とも思える自在な音色で激しくやり合う稽古場の空気感を表現し、果てしない想像の世界へと導く。1時間53分の上映時間のほとんどが一つのスタジオという閉鎖的な空間で繰り広げられているのに、この限りのなさは驚異的だ。

 まさにプリミティブなテント上映のために作られた作品と言っても過言ではないが、残念ながら試写の段階ではまだ「渋谷 ドリカム シアター」はできておらず、一般の試写室での視聴だった。初日を翌日に控えた本日4月10日(木)、内覧会の案内をもらって渋谷警察署裏の渋三広場にお目見えした新劇場に足を踏み入れたが、なるほどここでしか得られない豊かな映画体験が満喫できる仕掛けが施されている。ここで「Page30」を見ることは、まさに一期一会の奇跡の邂逅に違いない。(藤井克郎)

 2025年4月11日(金)、東京・渋谷 ドリカム シアターなど全国で順次公開。

© DCTentertainment

堤幸彦監督「Page30」から。あるスタジオに4人の女優(左から広山詞葉、唐田えりか、MAAKIII、林田麻里)が集められる © DCTentertainment

堤幸彦監督「Page30」から。4人の女優だけの真剣勝負の稽古が繰り広げられる © DCTentertainment

「渋谷 ドリカム シアター」の内覧会には堤幸彦監督(右端)、エグゼクティブプロデューサーの中村正人(左端)ら関係者が駆けつけて気勢を上げた=2025年4月10日、東京都渋谷区(藤井克郎撮影)

渋谷駅前のビルの谷間に非日常の夢の空間が出現する=2025年4月10日、東京都渋谷区の「渋谷 ドリカム シアター」(藤井克郎撮影)