第282夜「ドマーニ! 愛のことづて」パオラ・コルテッレージ監督
掘り出し物、という言い方は適当ではないかもしれないが、この「ドマーニ! 愛のことづて」は何の予備知識もなく試写を見にいって、あまりの巧みさに言葉を失ったというのが正直なところだ。特にラストには打ち震えた。ネタバレになるから詳しくは書かないが、同じイタリア映画の名作「ニュー・シネマ・パラダイス」(1988年、ジュゼッペ・トルナトーレ監督)を封切りで見たときと同じような感動の波が押し寄せてきて、見終わった後もしばらくは座席から立ち上がることができなかったほどだ。
作品の舞台は1946年5月、第二次世界大戦後間もなくのローマ。貧しい家の主婦、デリア(パオラ・コルテッレージ)は、すぐに手を上げる夫のイヴァーノ(ヴァレリオ・マスタンドレア)の暴力に耐え、寝たきりのわがままな義父(ジョルジョ・コランジェリ)の介護をしながら、日々の家事や子育てをこなし、いくつも仕事を掛け持ちして家計を助けていた。息抜きと言えば、市場で働く友人のマリーザ(エマヌエラ・ファネッリ)とつかの間のおしゃべりをし、デリアに気のある自動車工のニーノ(ヴィニーチオ・マルキオーニ)から声をかけられることくらいしかない。
そんな毎日の中、母親の生き方に批判的な長女のマルチェッラ(ロマーナ・マッジョーラ・ヴェルガーノ)が裕福な家の御曹司からプロポーズされ、家族を招いて食事会を開くことになる。果たして若い世代のマルチェッラは、母親のように男性に抑圧された人生ではなく、自立した女性として幸せな道を歩むことができるのか。といったストーリーは極めて社会的な要素をはらんでいると同時に、軽妙洒脱なコメディータッチで推移しているというのが実にユニークなところだろう。
メガホンを取ったのは主役のデリアを演じているパオラ・コルテッレージで、この映画で初めて監督に挑戦した。イタリアでは国民的な喜劇役者として知られているらしいが、全編モノクロの画面で推移する作品は、語り口といい、絵づくりといい、驚くような仕掛けが満載で、終始スクリーンにくぎ付けになった。
冒頭、デリアが起きがけに夫のイヴァーノからいきなり手ひどい暴力を振るわれるというのがまずびっくりだし、しかもその暴力は、音声では激しい平手打ちが繰り出されているのに、映像ではリアルな現実を一切見せない。それは全編を通して徹底されていて、イヴァーノが日常的に理不尽な暴行を加えるその都度その都度、2人がダンスに興じているふうのシーンに切り替わり、イタリアンポップスが軽やかに流れる。あえて凄惨な描写は避け、相当に残虐な行為が行われているのを、デリアが脳内変換することで我慢していると観客に想像させる。コルテッレージ監督の確信的な演出が心憎い。
その暴力にしろ、義父のわがままにしろ、さらには進歩的に見えた娘の婚約者にしろ、根っこには昔ながらの家父長制に則した男尊女卑の考えがあって、デリアたち女性の生活を強固に縛りつける。デリアに同情的な友達のマリーザは、好意を寄せるニーノと駆け落ちしちゃえばとけしかけるが、果たしてデリアにそこまでの行動力はあるのか。さまざまな状況が加速度的に混ざり合ってきたところで、運命の日曜日がやってくる。えっ、何の運命かって? それは……、見てのお楽しみと言うしかない。
この畳みかけるような盛り上げ方といい、絶妙にちりばめられた笑いの要素といい、そして何よりも予想のはるか上をいくラストの大団円といい、初挑戦とは思えないコルテッレージ監督の才覚がほとばしる。一方で男性優位社会からの女性の解放という映画のテーマは、この時代から80年がたった今もまだ切実なままだ。だからこそ本国イタリアでは600万人の動員という、2023年の興行収入ナンバーワンの大ヒットを記録したのだろうし、イタリア以上に古い価値観に縛られている日本ではなおのこと、女性だけでなく男性こそ見るべき作品と言えるのではないか。
タイトルにあるドマーニとはイタリア語で「明日」の意味で、原題の「C’è ancora domani」を直訳すると「まだ明日がある」となる。作品の中に登場するキーワードだが、現代社会を生きるすべての女性、いやすべての人に投げかけているように感じた。(藤井克郎)
2025年3月14日(金)から、東京・Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下など全国で順次公開。
©2023 WILDSIDE S.r.l – VISION DISTRIBUTION S.p.A

パオラ・コルテッレージ監督のイタリア映画「ドマーニ! 愛のことづて」から。デリア(中央、パオラ・コルテッレージ)ら女性たちの明日は…… ©2023 WILDSIDE S.r.l – VISION DISTRIBUTION S.p.A

パオラ・コルテッレージ監督のイタリア映画「ドマーニ! 愛のことづて」から。デリア(左、パオラ・コルテッレージ)は日常的に夫のイヴァーノ(ヴァレリオ・マスタンドレア)から暴力を受けていた ©2023 WILDSIDE S.r.l – VISION DISTRIBUTION S.p.A