第278夜「恋脳 Experiment」岡田詩歌監督
「一粒で二度おいしい」というキャラメルのコマーシャルがあったが、この「恋脳 Experiment」はまさにそのキャッチコピーを地でいくような映画と言えるかもしれない。一度目と二度目とでは印象ががらりと異なり、でもそれでいてどちらも極上の興奮が味わえるという何とも奇跡的な時間を過ごさせてもらった。
最初に見たのは2023年の9月、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)でのプレミア上映のときだ。岡田詩歌監督は2021年のPFFアワードで、東京芸術大学大学院の修了作品として制作した短編アニメーションの「Journey to the 母性の目覚め」が審査員特別賞を受賞。長編制作を支援するPFFスカラシップの権利を取得して完成させたのが、実写映画第1作となる「恋脳 Experiment」だった。
世界初のお披露目上映ということで事前情報は一切なし。東京・京橋の国立映画アーカイブ長瀬記念ホールOZUの大きなスクリーンで、詰めかけた大勢の観客の一人として目撃したのだが、いやはや驚いたの何の。一体どこに連れていかれるのか、着地点がまるで見えない予測不能な展開にわくわくどきどき胸躍らせる一方、カメラワークといい、役者の演技といい、映像の創意工夫といい、これまで経験したことのない創造の泉が画面からあふれ出てきて、圧倒されっ放しだった。
映画は章立てで構成される。第1章は小さな女の子が一心不乱に絵を描いているところから始まり、すぐに第2章に転換。めがねの女子中学生が塾からの帰り道、あまりイケてない同じ塾に通う少年に声をかけて「私と付き合ってください」と告白するや、続く第3章では美術大学の学生が登場して……。というところで、あれ、これはオムニバスなのかなと思いきや、やがてそうではないことに気がつく。もうここまでで、脳内は好奇心と刺激とでぐちゃぐちゃにかき乱されている感じだ。
ストーリーをあまりつまびらかにすると、この一度目に得られた興奮が損なわれてしまうだろうからざっとなぞるだけにするが、主人公の山田仕草(祷キララ)は純粋に恋をしたいのに、どうにもうまくいかない。子どものころから自己表現の志向が強く、その欲求と恋愛感情とのバランスを図るのが苦手で、男性との関係性をいつもこじらせてしまうのだ。果たして仕草は幸せをつかんで自己実現できるのか、というのがどうやら本筋らしいのだが、そこに次から次へと多彩な装飾が絡み合ってくる。
一度目の鑑賞では、この本筋の行き先がわからないものだから、装飾の豪華さに目を奪われながらも、どちらかと言うとミステリー小説を読んでいるような推理推測の面白さに酔いしれるところがあった。何しろ仕草もちょっと変わっている女性なら、彼女と絡む男性も、大学の同級生の佐伯(平井亜門)やら、仕草が就職したデザイン事務所の社長(小林リュージュ)やら、そのホームパーティーで知り合った金子(中島歩)やら、癖のある人物ばかりで、彼らとの間が抜けたやりとりは単純に楽しい。あはあは大笑いしつつ、でもすごい才能に出くわした、というのが正直な感想だった。
で、2024年12月にマスコミ試写会で二度目の視聴を果たしたのだが、装飾として施された要素をじっくり堪能したのはもちろん、アートの可能性、アートの使命を追究したテーマ性や、ミソジニー、パワーハラスメントといった今日的な社会性も加味されていることが伝わって、一度目に受けた刺激をもしのぐ感動があった。
中でもアートの未来、アートが社会に果たすべき役割といったものについて子どもを絡ませて紡いだところに、岡田監督の気概を感じた。仕草が幼少期に描いた母親との線画が劇中、アニメーションになって自由に羽ばたいていく描写や、大人の仕草が絵日記ノートを眺めていると、中学生の仕草が現れてくる場面など、ところどころに子どものころの仕草がイメージされるのは、その最たるものだろう。
ほかにも仕草が金子に対して、子どもに関する一般論として「正しいのは疑問を持ってそれについて考えること」などと語っているのに、金子は自分たちの子どもの未来のことに矮小化してしまう。中学時代の塾の先生も、デザイン事務所の社長も、事あるごとに「かわいいね」を連発するのは、アートにかわいさを求める日本のサブカルチャーへの痛烈な皮肉だろう。男目線の評価に翻弄された仕草が、最後は自らの身体表現でかわいさから脱却するという演出も光っている。
仕草を演じる祷キララも、岡田監督の意図を理解してか、これ以上ないという存在感で仕草になりきっている。恋心に惑わされ、振り回されながらも、自らの芸術性をひたすら磨いていくという複雑な役どころを、時にコミカルなテイストを醸しつつ、全身全霊で表現する。生前葬にのど自慢、コンテンポラリーダンスと、こんなにも多種多様な芸術表現を盛り込んで、しかも大いに笑える映画に仕立て上げるなんて、岡田監督をはじめとする作り手の創造性には感服するばかりだ。
一度目、二度目とそれぞれのおいしさをたっぷりと堪能して、さて三度目はどんな味と出合うことができるのか。ぜひとも試してみたい。(藤井克郎)
2025年2月14日(金)から、東京・新宿のシネマカリテなど全国で順次公開。
©2023 ぴあ、ホリプロ、電通、博報堂DYメディアパートナーズ、⼀般社団法⼈PFF
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岡田詩歌監督「恋脳 Experiment」から。金子(右、中島歩)と山歩きのデートに出かけた仕草(祷キララ)は…… ©2023 ぴあ、ホリプロ、電通、博報堂DYメディアパートナーズ、⼀般社団法⼈PFF
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岡田詩歌監督「恋脳 Experiment」から。美術大学の学生だった仕草(右、祷キララ)は、同級生の佐伯(平井亜門)と付き合っていたが…… ©2023 ぴあ、ホリプロ、電通、博報堂DYメディアパートナーズ、⼀般社団法⼈PFF