第269夜「リュミエール!リュミエール!」ティエリー・フレモー監督
映画の誕生は1895年12月28日、フランスのオーギュストとルイのリュミエール兄弟によって発明されたシネマトグラフの有料上映会が開かれたときとされる。それまでもアメリカのトーマス・エジソンらによって考案された写真を動かす機械はあったが、大勢の人が同じ空間で大きなスクリーンに投影された動画を目にしたのはこのときが世界で初めてだった。
来年2025年には130周年を迎えるが、いまだに広い会場で暗闇の中、不特定多数の人と一緒に見るという映画の原初のスタイルは残っている。それってものすごいことで、だから一映画ファンとしては配信やDVDではなく、なるべく映画館で見たいという気持ちが強いんだけど、さらにすごいのは、129年前にパリのサロン・アンディアンで初めての観客が見たのと同じ作品を、今も劇場で鑑賞することができるってことだ。129年も前の人々が何に驚いて、どうして歓声を上げたのかを追体験できるんだから、本当にとてつもない発明だったんだなと改めて思う。
当時のフィルムは35ミリ幅の長さ17メートル、上映時間は1本およそ50秒だった。無声のモノクロ画面による超短編映像だが、兄弟が設立したリュミエール研究所が1905年まで製作した1422本が現存しており、2017年にはよりすぐりの108作品を4Kデジタル修復して1時間半の長編にまとめた「リュミエール!」が公開されている。現在のリュミエール研究所所長で、カンヌ国際映画祭の総代表も務めるティエリー・フレモー氏が監督、脚本、編集に加えてナレーションも担当。最初の上映だった「工場の出口」をはじめ、「ラ・シオタ駅への列車の到着」といった有名な作品に1本ごとの詳細な解説をかぶせ、リュミエールの映像世界をたっぷりと味わえる逸品に仕上げた。
このとき、来日したフレモー監督にインタビュー取材をする機会に恵まれたが、108本のセレクトについて「リュミエールの世界に一歩足を踏み入れるための最初のアプローチとして考えた」と話していた。その2歩目としてさらに踏み込んで完成させたのが、やはりフレモー監督が自ら解説も担当した第2弾の「リュミエール!リュミエール!」だ。
新作は全部で110本のリュミエール映画が収められている。これまで全く知られていなかった世界で初お目見えとなる作品などもあり、第1弾に輪をかけて驚きに満ちた構成になっているが、くだんの「工場の出口」も実は何種類も撮影されていて、サロン・アンディアンでの初上映会で流れたのはどのバージョンだったのかをフレモー監督が推理するところなどは非常に興味深い。
撮影場所もフランス国内だけでなく、スイス、イギリス、ロシアにアメリカ、さらにはエジプト、ベトナム、カンボジアと、世界中に専属カメラマンを派遣している。中でも日本で撮影された作品が数多く登場。和服姿の家族の食事風景や剣劇の実演など、明治期の日本の日常が生き生きと映し出されている。
これら1本1本につけられたフレモー監督のコメントがまた含蓄に富んでいて、日本の剣劇の作品ではブルース・リーのアクションに言及。「映画は自分をよく知ることができる手段」とか「自分は何者か、他者は何者かを示すもの」とか、映画の神髄を言い当てた名言がばんばんと飛び出してきて、ああ、この人は本当にリュミエールが、映画が大好きなんだなあと感じ入る。極め付きは最後の最後、110番目に登場する作品だが、これはぜひともスクリーンでその驚きの映像を体感してほしい。
とにかく感心するのは修復技術でよみがえったリュミエール映画の繊細さで、大通りのにぎやかな風景を収めた作品など、手前に大写しでうろちょろする人物からはるか奥の方にうごめく群衆まできっちりとピントが合っていて、その奥行きの深さを見事に実感できることだ。ナレーションでフレモー監督も指摘しているが、カメラ位置はここにしか置けないというほどのベストポジションを選んでいるし、ドラマチックな展開もあれば、思いっきりユーモアを含んだ作品もある。現在も頻繁に見受けられるさまざまな映画表現がすでにこの最初期に試みられていたわけで、改めてリュミエール兄弟の偉大さを思い知ることができた。
7年前の来日インタビューの際、フレモー監督はこんなことを話していた。「リュミエールは3つ、映画の発明をしている。1つ目は映画の技術、2つ目は映画という芸術、そして3つ目に映画館とそこに集まる観客を発明した」と。これからも喜んでリュミエールの発明になろうではないか。(藤井克郎)
2024年11月22日(金)、東京・シネスイッチ銀座など全国で順次公開。
© Institut Lumière 2024
ティエリー・フレモー監督「リュミエール!リュミエール!」から。「シャン=ド=マルスの庭園」の1場面 © Institut Lumière 2024
ティエリー・フレモー監督「リュミエール!リュミエール!」から。「京都・家族の食卓」の1場面 © Institut Lumière 2024