第268夜「ルート29」森井勇佑監督
第37回東京国際映画祭が閉幕した。今年は久方ぶりにコンペティション部門の全15作品を鑑賞したほか、新設のウィメンズ・エンパワーメント部門のシンポジウムや、昨年から実施されているエシカル・フィルム賞のトークセッションに参加するなど、2024年11月6日までの10日間、どっぷりと映画漬けの毎日を送った。で改めて実感するのは、いくら見ても見切れないということだ。今年は全部で208本もの映画が用意されていたようで、それがいろんな部門に分かれて分刻みで上映される。仮に1日5本ずつ見たとしても、全体の4分の1にも満たない。もちろんそこまでの体力があるはずもなく、本当に映画との出合いは一期一会だなって思うよ。
208本の中には試写で事前に見ていた作品もある。ガラ・セレクション部門に選出された森井勇佑監督の「ルート29」もそんな1本だった。ガラ・セレクションは、世界の国際映画祭で話題になった作品や国際的に知られる巨匠の最新作などを集めた部門で、ほかにはマーク・フォースター監督の「ホワイトバード はじまりのワンダー」やオードレイ・ディヴァン監督の「エマニュエル」といった大作、話題作が並んでいた。これが長編2作目となる森井監督にとっては大抜擢と言えるのではないか。
作品そのものも高評価に違わず、他に類を見ない作家性全開の革命的なロードムービーになっていた。
鳥取で清掃員として働くのり子(綾瀬はるか)は、人と交わるのがちょっと苦手なめがね女子だ。ある日、病院で清掃の仕事をしていると、入院患者の理映子(市川実日子)から、自分はもうじき死ぬから姫路にいる娘を連れてきてほしいと頼まれる。真に受けたのり子は清掃用のワゴン車を奪い、理映子の娘のハルを探しに姫路へと向かう。見つけ出したハル(大沢一菜)は、林の中で秘密基地を作って潜んでいるような風変わりな子どもだった。かくしてハルから「トンボ」と呼び名をつけられたのり子と、まるで野生児のようなハルとの奇妙な2人旅が始まる。
タイトルの「ルート29」とは、姫路から鳥取につながる国道29号のことだが、この峠越えの田舎道を進む道中、いろいろと不思議な出来事が起こる。犬を2匹連れた赤い服の女(伊佐山ひろ子)に請われて3匹目の犬を探したり、逆さまにひっくり返った車に乗っていたおじいさん(大西力)が無言でついてきたり、森の奥の湖でカヌーの人たちがおじいさんを迎えに来たりと、この世のものともあの世のものともつかぬ情景が繰り広げられる。極め付きは国道を悠々と漂うあれだけど、おっと、これ以上は何も言うまい。
かと思えば、立ち寄ったのり子の姉(河井青葉)の家では、ハルが行方不明になっているというニュースがテレビで流れるなど、妙に現実に引き戻されたりもする。幻想的でとぼけた風味の中に、ちらっちらっとリアルな描写があるのが何ともアンバランスで、それがまたこの映画の独特の世界観を醸し出しているんだよね。
森井監督は、初長編の「こちらあみ子」(2022年)で思春期の少女の微妙な心の揺れをみずみずしく切り取って評判を取ったが、今度の新作はテイストががらっと変わっていて正直、意外だった。今村夏子の短編小説の映画化だった前作に対して、今回は中尾太一の詩集「ルート29、解放」を原作にしてはいるものの、想像の翼を目いっぱい広げて作ったらしい。どうやらこちらの方が監督の本質のようなんだけど、でも単なる奇天烈ワールドが炸裂するというのではなく、歳の差を超えた2人の決してべたべたしない心の通い合いが何ともいとおしくて、最後は画面ごとぎゅっと抱き締めたくなった。
ハル役の大沢一菜は、前作では主人公の小学生をはじけまくりながら嫌味なく演じていて末恐ろしい逸材だと感じたが、ちょっぴり成長してまたもやとてつもない怪演ぶりを見せつけてくれた。それに何より、主役の綾瀬はるかを筆頭に、芸達者の出演者が嬉々として風変わりな人物たちになり切っているのが楽しい。生と死の営みといった裏側に潜む現実感の微妙なさじ加減も味わいつつ、森井監督が紡ぎ出す唯一無二の映像世界に心地よく浸った。(藤井克郎)
2024年11月8日(金)、東京・TOHOシネマズ日比谷など全国で公開。
ⓒ2024「ルート29」製作委員会
森井勇佑監督「ルート29」から。国道29号を旅したのり子(左、綾瀬はるか)とハル(大沢一菜)の2人は…… ⓒ2024「ルート29」製作委員会
森井勇佑監督「ルート29」から。のり子(右、綾瀬はるか)は入院患者の理映子(市川実日子)から突拍子もない依頼を受ける ⓒ2024「ルート29」製作委員会