第262夜「ぼくのお日さま」奥山大史監督

 実を言うと、フィギュアスケートという競技はそんなに好きではない。そもそも採点の基準がよくわからない上に、最近は3回転半やら4回転やらジャンプの難易度ばかりが取り沙汰されて、ミスしなかったかどうかで結果が左右される。解説者も「トリプルルッツ!」とか「トリプルアクセル!」とか技の種類を連呼するばかりで、素人としては「だからどうした」という気がしないでもない。

 何より退屈に感じるのはテレビ中継のカメラワークで、何台かのカメラで撮っているんだろうけど、基本的にはリンクの外からズームで寄ったり引いたりするくらいで変化に乏しい。もうちょっと面白みのある工夫はないものかと思いきや、フィギュアスケートを題材にした「ぼくのお日さま」を見てびっくりした。これまでテレビではおよそ目にしたことがないようなアングル、距離感でスケーティングを捉えていて、初めてこの競技のダイナミズムを感じ取ることができたという次第だ。

 監督、脚本、編集に加えて撮影も手がけている奥山大史監督は、子どものころにフィギュアスケートを習っていたそうで、恐らく自らスケート靴を履いてリンクの中でカメラを回していたに違いない。なるほど納得の躍動感だが、いやいや、驚くべき創造性は何もスケーティングの映像だけじゃない。ストーリーも音楽も含め、思春期の甘酸っぱくも切ない1ページを鮮やかに切り取っていて、作品全体を通して深い感動を覚えたというのが正直な気持ちだ。

 主人公は雪が降り積もる田舎町に暮らす小学6年生のタクヤ(越山敬達)。自己表現があまり得意ではなく、少しぼーっとしたところのある彼は、苦手なアイスホッケーの練習にも身が入らず、けがをしてしまう。そんなある日、一心不乱にフィギュアスケートの練習に励む一つ年上のさくら(中西希亜良)の姿が目に留まる。彼女の滑りをじーっと見ているタクヤの思いに気づいたさくらのコーチ、荒川(池松壮亮)は、タクヤにフィギュアをやってみないかと誘うが……。

 この3人が最初に顔をそろえた場面がとにかく秀逸で、心が震えた。スケートの練習に余念がないさくらに、彼女の滑りを黙って見つめるタクヤ、2人をやはり黙って見つめる荒川と、3人とも一言も発しない中、目線だけで三者三様の心の内をあぶり出す。しかも折り紙付きの芸達者、池松の表現力は当然としても、タクヤ役の越山もさくら役の中西もスケートの経験は豊富ながら、演技の面ではまだまだこれからという人材だ。特に中西はこの作品が初演技だそうで、そんな3人が奏でる奇跡的なアンサンブルをしっかりとカメラに収めた奥山監督の確かな視線には恐れ入る。

 やがてめきめきと上達していったタクヤに対し、荒川はさくらとペアを組んでアイスダンスに挑戦しないかと提案する。かつてフィギュアの有望選手だった荒川の説得にさくらも応じ、2人のアイスダンスは息の合ったスケーティングを見せるようになる。こうして初めての大会に臨むことになるが……、というところで、物語は決して甘美なだけの青春の情景にはとどまらない。荒川がこの町にやってきたきっかけでもある訳あり友人の五十嵐(若葉竜也)に、娘のスケートの才能を信じて疑わないさくらの母(山田真歩)らが絡んで、映画はほろ苦い展開となっていく。

 実はこの中盤に、アイスリンクで3人がそろったときのときめきと好一対をなすとてつもなくすてきなシーンがある。厳しい練習の合間、3人は氷の張った山あいの静かな湖に出かけ、気楽にスケートに興じるが、きらきら降り注ぐ冬の淡い陽光を浴びて3人が3人ともとびっきりの笑顔をさらす。何の打算もなく、純粋にスケーティングを楽しんでいる風情が3人の表情と周辺の風景から漂ってきて、何とも幸せな気分になる一方、それまでにちょっとずつ不穏な要素がちらちら提示されていて、この多幸感はいつまでも続かないことを予感させる。この辺りのさじ加減が見事で、1996年生まれとまだ若い奥山監督の手になるとは思えないほどの巧緻な構成だ。

 巧みなのは人物描写だけではない。例えばこの作品は画面の縦横比が1:1.37と横幅の狭いスタンダードサイズで撮られているが、これがスケートという題材に実にぴったりはまっている。通常のビスタサイズだとどうしても切れてしまうリンクの向こうの方で滑っている人たちが画面の上の方に映り込んでいて、奥行きが出て空間的な広がりを感じることができるのだ。縦横無尽に動き回るカメラワークに加え、この美的センスはスケートの経験者というだけで得られるものではないだろう。

 音楽がまためちゃくちゃ印象的で、ドビュッシーの「月の光」のメロディーがこの一瞬のはかないきらめきを絶妙に象徴する。誰が悪いわけでもなく、だからと言って世間の常識や社会の在り方が障害になっているでもなく、でもきらきらした時間はあまりにもあっけなく終わりを遂げる。そんな思春期特有の残酷さが、かくも美しく再現されていて陶然とした。

 奥山監督は、サンセバスチャン国際映画祭で新人監督賞を22歳で受賞した初長編「僕はイエス様が嫌い」(2019年)でもあっと言わせたが、この2作目も前作に輪をかけて独特の感性でうならせてくれた。これからも一体どんな映像魔術を繰り出してくれるのか、楽しみで楽しみで仕方がない。(藤井克郎)

 2024年9月13日(金)、全国公開。

© 2024「ぼくのお日さま」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

奥山大史監督「ぼくのお日さま」から。タクヤ(中央、越山敬達)、さくら(左、中西希亜良)、荒川(池松壮亮)の3人は、凍った湖で純粋にスケートを楽しむ © 2024「ぼくのお日さま」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

奥山大史監督「ぼくのお日さま」から。タクヤ(右、越山敬達)はさくら(中西希亜良)とアイスダンスの練習を積むが…… © 2024「ぼくのお日さま」製作委員会/COMME DES CINÉMAS